毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

親と志村けんと私

つい先日 志村けん氏が亡くなった。

 

両親が離婚してシングルマザー期が1~2年あったのだが、その間楽しみにしたいたの番組の一つに

「所さんのただものではない」「おれたちひょうきん族」(たしか続きの時間帯)

 

それがサラリーマンである父と再婚し、一緒に暮らし始めた途端にその時間は

まんが日本昔話」「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」に変更された。

 

理由は 「下品過ぎる」

(ちなみにとんねるずもだめだった)

 

まぁ解らなくもない。たしかに下品だ。

しかし子どもながらにこの生活習慣の変化にモヤモヤしたことも事実。

とはいえカトちゃんケンちゃんもまぁまぁ面白いし、私は存在感を消すことが上手いタイプの子どもだったので モヤモヤしながらもカトちゃんケンちゃんを見続け、あっさり受け入れた。

 

たまに放送されるドリフの特番やバカ殿についても特に規制されることもなく

(ドリフは実はインテリ集団という謎理論があった)

他の同世代と同じように

ドリフというより カトちゃんというよりも

志村けん」の全盛期と成長を共にした感がある。

 

カトちゃんケンちゃんの終了後か終了間際は忘れたが、だいたいそのあたりから

志村けんのだいじょうぶだぁ」が放送され始め 私の曖昧な記憶によると

志村氏はおそらく一番人気があった時期じゃないだろうか。(そして志村氏の生え際が後退してきた時期でもある。なぜか後ろ髪を伸ばし始めてたよね)

今考えるとかなり下品なコントも満載だったが ドリフのメンバーである

志村けん」は我が家では許されていて、少々下品なコントも

家族でゲラゲラ笑いながら見ていた記憶がある。

 

そんな志村氏の全盛期の終わりごろか…

私は第二次成長期を迎えた。

身体も心も知識も子供から大人になりつつあるときだ。

 

先日もTwitter上でにぎわっていた「肉布団」「おっぱいすごろく」について

幼少期からリアルタイムで観ていたのだが 

私が最後にみた「おっぱいすごろく」がかなり印象的で

その頃から少しずつ志村氏(だけではなく、その他も)のコントや女性に対する振る舞いに疑問を感じるようになったのだ。

 

かなりうろ覚えだが 私が当時観た「おっぱいすごろく」には

「女」というマスと「昔女」というマスがあり、

「女」というマスに止まると半裸の若い女性とお風呂に入ることができ、

「昔女」というマスに止まると半裸の高齢の女性とお風呂に入るのだ。

それぞれのマスでの振る舞いの差に上手く言語化出来ない違和感があったことを

今でも覚えている。

そのあたりからだろうか…?

女性アイドルに腰を振らせる演出やいくらコントだとは言えセクハラまがいの演出に面白さを感じなくなり私は「志村けん」を観なくなった。

 

その後、コロナ騒動で志村氏がクローズアップされるまで 私は志村氏に対して

特に考えることもなく、ただ時々「昔女」について思い出すくらいだったが

この度亡くなったことで 昔のコントを観た若い方や志村氏のコントで育った方々が「志村けん最高!!!!!!」と「志村けんが亡くなって落ち込んだ」などと発言されているのを見て 同じく志村けん氏のコントで大爆笑しながら育った自分が

「そりゃ、高齢やし 死ぬやろ」と醒めていることについて

なんていうか

 

両親に対する想いと志村氏に対する想いとかなりリンクするのである。

 

志村けん氏のコントを楽しむこと(ゆるやかに)を日常とされるも

その状態を受け入れ10年弱 志村氏のコントを見続け 大爆笑し、

年齢とともに違和感を持ち楽しむことが出来なくなってしまったこと。 と

 

新しい父親がつくったルールを日常とされ

その状態を受け入れ30年弱 家族としての形を維持し

年齢とともに不信感が募ってもう無理になってしまったこと。

 

3日程前、絶賛絶件中の実母が私の留守を狙って

トイレットペーパーと大量のキッチンペーパー 

そして現金を家に置いていっていた。

 

このコロナ騒動の中 私の身を案じてくれてのことだろうし、

この件だけでなくても 家族であった期間も実母も継父も私に色々なことをしてくれた。

 

しかしながら、やっぱりダメなのである。

この騒動で面会も葬式もせずに死んでくれたら楽なのに 

と超ウルトラ残酷なことを考えている自分がいるのだ。

 

レベルは(かなり)違うが

志村氏の面白コントを再度見ても 良い人エピソードをいくら聞いても

もう笑えないし、特に悲しみもないのと同じで。

 

 

そんなことをここ数日考えていた。