毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

女児は絶望せずに済んだのかもしれない。とふと思った話。

小4女児が父親の虐待により死亡したニュースがテレビでもネットでも続いていたが

ここ数日やっと収まった感じがする。

大半の人はこの手のニュースを見聞きすると「胸糞悪い」と思うが

私もまた、非常に胸糞悪かった。

 

そんな中 ワイドショーではコメンテーターたちが

「〇〇の言動に女児ちゃんは絶望したことでしょう」

という文言をやたらと出していた気がする。(私が個人的にひっかかっただけかも)

〇〇というのは、母親だったり、児童相談所だったり、教育委員会だったりだ。

 

確かに 本来ならば子どもを守るべきである

母親・児童相談所教育委員会の対応はおかしかったが

それらに対して 女児が絶望しかたどうかはどうなんだろう?

 

彼らが「子どもを守るべき」存在であることは 大人目線である。

大人であるからこそ そう思うのではないか。

 

身体的虐待 ではなかった という点では私はラッキーだったが

やはり私もまた、母親やらなんやらに「守られなかった」側であった。

 

しかし、当時 母親に絶望などしていなかった。信頼はしてなかったけど

「そんなもんだ」と思っていた気がする。

実際に母親の言動に絶望したのは 自分が「母親」になってからだ。

自分が母親になり、「子どもを守るべき」存在になったとき

自分の母親の言動に深く絶望した。

 

これはタダの憶測だけど…

女児はもう誰にも期待してなかったんじゃないだろうか。

ただ、流れに身を任せていただけじゃなかろうか。

母親を含めた他人になんとかしてもらおう とか考えることはなかったのではないか。

それは絶望というよりも そもそも母親や他人に「望んでいい」ことを知らなかったんじゃないかと思う。

 

亡くなってしまったことはもちろん悲しい。

父親は死刑になってしまえと本気で思う。

しかし、女児が壮絶な体験を経て、生き延び、もし母親になっていたとしたら・・・

 

改めて絶望と向き合うことになり、それはそれで辛かっただろうな…。

 

ふと、そう思った。