毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

若い頃に青春を経験していない中年女性の話。その2

その1から大分 時間がたちましたが(-_-;) つづき。

 

なんとなく青春を経験してない状態のまま大人になり

なんやかんやあって 母親と絶縁した。

 

warumix.hatenablog.com

 

絶縁してすぐは 私は情緒不安定でどうしようもない状態だったが

当時、ママ友がなにかと世話を焼いてくれていて

気晴らしに付き合ってくれた。

子どもが小学生になってからは 幼稚園時代にくらべ 自由になる時間がぐんと増え

息子たちが小学校に行っている間 ママ友数人でラウンドワンで思いっきり遊んだり

カラオケに行ったりと

「女子高生か!」って感じで結構楽しかった。

女子高生時代との違いは 門限がないこと。親に誰と何をしたか申告しなくていいこと。 

自由になるお金が少ないのは女子高生時代と変わらないけど(専業主婦なので自分のお小遣いがない) 家計を握っているのは自分なので、どうにかやりくりすればいいかー!っていう気楽さもあった。

それでも、「夫が働いている間に自分だけ遊んで申し訳ないな」的な後ろめたさは消えなかった。

 

それから更に1年くらいの間、私は株に夢中になった。

株取引自体は 結婚前から長年やっていたのだが、息子が手を離れたことをきっかけに株式スクールという今考えたら大変胡散臭い(笑)ところに入学し、一から勉強することにしたのだ。

好きなことを勉強するのは楽しい。さらに、同じ趣味の人と話すのはもっと楽しい。

少しずつ上達し、自力で小銭を稼げるようになり、さらに先生からも褒められることも多くなり、だんだんと株が趣味の一つから 生活の全てになっていった。

必要最低限の家事や家族行事以外は殆ど株の勉強に費やしたし、家事の最中も頭の中は株式相場のことでいっぱいだった。

スクールの先生や友達が 段々と「同志」に格上げされていき

我々は最高に盛り上がっていた(笑) 

 

ああ、これが 青春ってやつなんだな。

 

夕方6時から閉店時間まで 居酒屋で株について語りつくし

毎晩 グループLINEでは明日の相場について長文を投げ合った。

今は ボチボチしか稼げないけど、いつか資金10倍にするんだ!!

今はサラリーマンだけど、いずれ株式配当だけで生活するんだ!!

そんなことをそれぞれ話していた気がする。

 

そう、そこは憧れの「ジャンプ」の世界。

 

努力!友情!勝利!!!!!!!!

 

ジャンプの連載が 突然終わるように、

私達の蜜月の関係も 些細なことでプツリと終わった。

終わったときは 何も手につかないくらい悲しかったし

初めて「お金が減るより辛い」と思ったかもしれない。

 

辛いながらも 終わって良かったと思うのだが、

もしかしてあのままジャンプの世界に居続けたら私は家庭での居場所を失っていたかもしれない。

 

一歩離れて 当時のことを思い出してみると、私にはそんな危うさがあった気がする。

いわゆる 共依存

私は努力や能力を見せることで承認欲求を満たし、相手側も承認する側に居続けることで立場守っていたような気がする。

しかし、そのバランスが崩れたときに 関係は終わったんだなぁ。

 

それはともかく。

ああ、あれは完全に青春だったなぁ

死ぬ前に一度味わえてよかったなぁ

 

ここ一年は そんな認識でいた。