毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

夏休みに突入(2018.7)し、改めて息子の自己肯定感を思い知る

先日、山村留学から息子が帰宅。

帰って来たそうそう

「こんな素敵な経験をさせてくれてありがとう」

と。

 

思い切り、息子自慢ではあるが…

誰に対しても「傷つける」「攻撃する」というコマンドがない人間というのは

こういうことを言うのか…。

と勉強になる。

たぶん私が息子の立場だったら、

「あれが嫌だ。これが気に要らない。あっちがいい。こっちがいい。あの人が嫌い」と

不平不満だらけだったと思う。

そういったことを発言することで、周りを積極的に攻撃し、

自分がいかに優遇されていないかをアピールするのだ。

 

私は 誰かに何かを発言するにあたり

「優位に立つ」

「凹ませる」

「媚びる」

「利用する」

とか、そういう意図ばかりな気がする。

もちろん 純粋に会話を楽しんでいる瞬間もあるが

なんというか、楽しんでない時間と何かしら意図がある時間と

どちらが多いだろう?

 

つい2~3日前に息子とプラネタリウムに行ったが

そこで、私はうっかり寝てしまった。

途中で起きたが、あまり興味のない分野の映像を薄暗い中で

リクライニングした椅子で見るとか もう眠気しか来ない。

息子の手前 頑張って睡魔と戦ってはいたが、無理だった。

 

プラネタリウムが終わり、室内が明るくなったタイミングで

隣の息子が私ににこにこしながら話かけてくる。

「ねぇ?途中寝てた?」

思いっきりバレていた。

もし息子相手以外なら

「昨日寝てなくて…」

「いや、うとうとしてたけど寝てない!」

「知ってる内容だったから眠くなった」

など、言い訳じみたことを言って体裁を繕おうとしただろう。

 

しかし、なんとなく

「バレたか(笑)」と素直に白状すると

息子はそれに対して

「ふふふ 僕もその気持ちわかるよ、ちょっと眠くなっちゃうよねぇ」

とニコニコしながら返してくる。

 

すごく単純な会話だが

失敗した(居眠り)ことをバカにするわけでも、攻撃するわけでもなく

にこにこと「共感」という手を返してくる息子に感心した。

 

もし、これは違う相手だったら?

「もう、寝息がウルサイ」

「は?もったいないじゃん」

など、失敗を責める もしくは責めるほどではなくてもネタにしていじるくらいの

ことはするのではないか?

少なくとも、今まで私の周りにいたのはこの責めるかイジるタイプである。

 

単に息子の自己肯定感が高いからなのか

私が最初に失敗を素直に認めたのがよかったのか

よくわからないが

自己肯定感が高い人はみだりに他人を攻撃しない

という知見を得た次第。

 

これからやけに攻撃的な人に出会ったら

「あ、自己肯定感低いんだな、可哀そうだな」と思うことにしよう

 

とか思ってる時点で私の自己肯定感はまだまだである。