毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

友達と「宗教」を作り、宗教かぶれの母から弾圧された話。

小学生の頃 Kちゃんという友達がいた。

ちょっと変わった子ではあったが、何故か気が合いとても仲が良かった。

 

大人になってからもちょいちょい親交はあったが、私の方がなんかダメで

数年前にFOした。 

 

子どもの頃に仲が良かった事実は変わらないし、子どもの頃に気が合ったからといって大人になってからも気が合うわけではない。

 

というよりも、むしろ 私の方がKちゃんに求めるものが多かったのかもしれない。

私はどちらかというと几帳面なタイプであり、Kちゃんはよく言うとおおらかで

悪く言うとだらしない。

「もっとちゃんとして!!」と表面的におもいつつ

彼女の平気で時間に遅れて来たり、連絡をよこさない態度を「私を軽んじている」と

捉えていたような気がする。

 

それはともかく…私の幼少期はわりと無茶苦茶である。

そんな私と付き合ってくれたKちゃんには感謝だし、そして自分が親になってから思うが、よくあんな子ども(私)と我が子を遊ばせたな…とKちゃんのご両親に感謝する。

 

もし、我が子が 幼少期の私のような子と友達になったら嫌だ。

たぶん やんわりと「あの子と遊ぶな」とか言いそうである。

 

どんな子だったか…。

ませている(テレビ見放題&大人の中で育ったので耳年増) 
タバコくさい(親がヘビースモーカー)

気分にムラがある(何か気に要らないと無視する、母親の影響) 

自分の中の「常識」を振りかざす

 

ああ、なんて嫌な子どもだろうか。

 

にもかかわらず、私とKちゃんはとても仲良かった。

週3以上で遊んでおり、遊ぶときはいつも二人だった。

二人でよくわからない設定をつくり、その設定の中でいろんな模倣遊びをした。

基本設定は「どうぶつがっこうのせんせい」だ。

部屋にぬいぐるみをならべ、どうぶつ同士のトラブルを解決したり、授業をしたりして

遊んだ。 

あとは…winkをまねたデュオを作った。

昭和の子どもなので、横文字には弱く(笑) 

「ABC組」と名乗っては カセットテープに「嵐の素顔」や「輝きながら」など当時流行っていた歌を吹き込んだりしていた。

 

そんな平和な?遊びの中

宗教が出来た。

何がきっかけだったか忘れたが

何かを祈ろうということになり(もはや意味不明)

祈るには何か対象物が必要だということになり(偶像崇拝の誕生) 

千代紙で鶴を作った。

一人一羽ずつ折り、ちょうどひな祭りの季節だったのでひな人形ケースの最前列に

左右対称に2羽の折り鶴をかざり、

それを「つるさま」として拝んでいた。

 

・・・まんま 例の新興宗教、○○学会である(笑) 

 

ひな祭りの季節も終わり、ひな人形も片づけられたところで

「つるさま」は私の部屋の4つある棚の一つに移動した。

あまり片付けが得意でなかったので、他の3つの棚はぎゅうぎゅう、ぐちゃぐちゃだったが、

「つるさま」の棚だけは つるさましか居らず、がらんとしていたし

崇拝物らしく収まっていた。

 

Kちゃんは飽きもせずに 私の部屋に遊びに来るたびに

「つるさま~」の拝んでいたし、私も結構まじめに拝んでいた。

なんだかわからないけど

「つるさま」は私達のなかでは神聖なものになっていっていた。

 

 

私は当時、部屋の片づけが得意でなく 机の上や棚の中などぐちゃぐちゃだった。

床に物を置きっぱなしにしたりすることはなかったが

それでも几帳面な母は許せないらしく 

たまに抜き打ちで勝手に掃除され、(いや、していただいていたというべきか)

母基準で「いらない」とされたものは容赦なく捨てられた。

 

そんな抜き打ち掃除の日が来た。

私は部屋にいたが、「自分で掃除する」という私の抵抗は

怒りをともなった母に通じるわけもなく、黒いゴミ袋の中に

母にとって不要なもの

がどんどん投げ入れられる。

しかも、いちいちコメント付きで。

「ばかじゃないの?」

「もったいない!」

「きたいないっ」

「どうぶつがっこう」の小道具としてつくられた様々な紙製の教具が捨てれる。

そして 母は「棚」ゾーンにもズカズカと入る。

ぎゅうぎゅうの3つの棚と がらがらの棚。

「ばかじゃないの?ここを使えばいいじゃない」

そして、一言

「気持ち悪っ」

といって 私達の「つるさま」は鷲摑みされ、

黒いゴミ袋の中に消えていった。

 

 

「つるさま」が捨てられたことをKちゃんに告げるとがっかりはしていたが

私が母に逆らえないことをKちゃんは知っている。

特に怒ることもなく、再び「つるさま」を作ったが しっくりくることなく

そのまま 私達の「宗教」は自然消滅した。

 

 

 

大人になって思い出すと…

「つるさま」という象徴がもう完全に例の新興宗教と一致だし、

そもそもそんな遊びを思いつく程度に私の生活には

あの宗教が根付いていたんだと思う。

そして、そんなヤバい私と 遊んでくれたKちゃんはやはりおおらかなんだと思うし、

Kちゃんのご両親は人が出来ているのか、単に知らなかっただけか今となってはわからない。

 

そして、「つるさま」に対して「バカじゃないの?気持ち悪い」と発言した

母には まったく同じその言葉を某〇〇学会にかぶれていた当時の母にお返ししたい。

というか、普段周囲の人から母自身がそう思われていたのだろう。

本人は気づいてなかっただけで。

本当に宗教とは怖い。

いや、自分の価値観だけが正しい

そう思うのが怖い。