毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

楽しく仕事し、お金を自由に使いたい病をこじらせている話。

もしかしたら感じの悪い言い方かもしれないが…

現状、生活に困っていない。

年に一度家族で海外旅行に行く程度の余裕もある。(ただし、アジア圏)

夫はサラリーマンだし

余程のことでもしでかさない限り失職することもないだろう。

 

 

しかし、私は常にお金が欲しい。

まぁみんなそうだろうが。

 

 

なぜか?

祖母は 母親とか祖母としてはあまり良い人間ではなかったが

仕事は出来た。

ど田舎で生まれ 育ち、地元の有力者の息子と結婚したが離婚。

当時、離婚なんて早々するものじゃなかったので 祖母は田舎から都会へ出た。

元々商才があったのか、なにかで花開いたのかしらないが

そこそこ成功し、私が生まれたころには祖父と二人で商店街の中で小さなブティックをやっていた。

年商も収入も知らないが 

1990年代後半、時代はバブルである。

商店街の小さなブティックの店主のところにも景気のビッグウェーブはやってきており

週末はフレンチだ焼肉だ料亭だと色々美味しい物を食べさせてもらった記憶があるし、

デパートで買い与えられる服は決まってブランド物だった。

 

祖母はいつも楽しそうに働いていた。

腰が痛いだの、肩が痛いだのいいながらもお客さんを相手にする姿は生き生きとしていた。

そして、使うときも楽しそうだった。

値札など見ずに欲しいものをバンバン購入していく。

その姿勢は、近所のスーパーだろうとデパートだろうと変わらない。

 

そんな祖母の姿が大好きだった。

物を買ってくれるから好きなのではなくて

楽しそうにしている祖母が好きだったのだ。

 

一方、母は真逆だった。

私が小さいころはローンに追われていたし

結婚してからは「毎月決まった枠で生活しなければ」というルールに縛られていた気がする。

 

幼少期は祖母や祖父に頻繁に世話してもらったが

やはり長く暮らしたのは母である。

私の仕事やお金に対する姿勢は母の影響を強く受けていた。

warumix.hatenablog.com

 

しかし、やはり憧れるのは

祖母のスタイルである。

楽しく仕事し、楽しくお金を使う生活に強く憧れているのだ。

 

憧れているだけならいい。

 

時に憧れは自分の首を絞める。

 

「好きなこと、得意なことでお金を稼ぐ」

以外興味が無くなってしまった。

目下 生活に困っていないからとかそういう問題ではなく

それ以外 してはいけないような勘違いだ。

その結果、現在 小学生相手に勉強を教えている(得意なこと)が

時給換算すれば1000円以下である。一か月頑張って2万円程。

株をちまちまやっているが こちらは昨年派手にやらかしたので

マイナス。

勉強を教えるのも株の取引きも楽しいし、好きだ。

しかし、どちらも現状お金にはなっていない。

自由に使う程にお金を稼ぐには楽しい仕事をしている場合じゃない。

それは理解しているが…。

 

結局、ズルズルと楽しく仕事はしているが…

稼ぐことなく

不完全燃焼の自分がいる。