毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

ママの彼氏問題について考えると私は単に幸運だっただけかもしれないと思った話。

またしても悲しい話だ。

定期的にニュースになる

虐待児のニュース。

私自身、身体的に虐待されたわけではないし、

身近に虐待されてそうな子どもがいるわけではないが

やはりどんなニュースよりも悲しいし、腹が立つ。

 

まれに実の両親が…ってケースもあるが、たいていママの彼氏が引き金になっているように思う。

「そんな男と別れろよ(# ゚Д゚)」と毎度のように思うし、一般論的にもそうだろう。

しかし、この手のニュースはなくならない。

ママは元々は子どもを可愛がっていた。

しかし、彼氏ができたことで変わってしまう。

子どもよりも彼氏が大事なのか?

それはなぜなのか??

 

私は母方の祖父と血がつながっていない。

ややこしいが…母が子どもの頃 両親が離婚したのだ。

そのため 私の祖父は母にとって継父、祖母にとって「新しい夫」だった。

 

母は子ども時代に継父にいじめられたそうだ。

暴力はなかったが、無視だったりそういったネチネチしたやつだ。

そのため、母と祖父は折り合いが悪かった。

祖父には連れ子として三人娘がいたが、全員いろいろ訳アリで未婚のまま年をとっていた。

そのため、祖父には血のつながった孫がいない。

にも拘わらず、祖父は私のことを可愛がってくれ、よく遊んでくれた。

 

しかし、それは「普段」であって、「普段」でなくなるとそうじゃなくなる。

 

私が5~6歳のとき。

両親が離婚し、突然父親が居なくなったことで情緒不安定になっていた時期があった。

ふと、父親のことを思い出しては泣いていた。

子どもなので当然である。

しかし、祖父はそれが気に食わないなのか元々性格が悪いのか

わざと私の前で父親の名前を連想させるような言葉を出してはやし立てる。

 

私は泣く。

しかし、そんな祖父を誰も止めない。

母も祖母も止めなかった。

 

 

ある日、祖父の膝にのって遊んでいたとき

祖父が私の耳たぶを噛んだ。

幼い私には「噛まれた」以上の意味はなかったので、「痛い」ということだけ祖父に伝えた。

大人になって思い出すと鳥肌が立つとともに、その時、近くでその様子を見ていた祖母の複雑な表情は今も覚えている。

 

小学校5,6年くらいのころ、生意気盛りだった私のちょっとした言動に反応して

祖父に首を絞められたことがあった。

そのときは母も祖母も何も言わず、私をその場から連れ出した。

連れ出した先で祖父の悪口をいい、驚いて泣いた私を慰めたが、結局祖父本人には何も言わなかった。

 

私が子どもを産んですぐに 見せにいったとき

祖父はやたらと「お乳をあげろ。」と私に言った。

昔から若干色ボケだったので そういうことだろう。

私は「さっき授乳したばかりだから」と適当にながしたが

その時確信した。

 

「私なら我が子に危害を与える可能性のある人間に 我が子を近づけない」

 

 

たまたま祖父が暴力をふるうタイプでなかっただけだ。

 

もし、祖父が暴力をふるうタイプの人でも祖母は母を守らなかっただろうし、

母も私を守らなかっただろう。

私も、そして母もたまたま暴力タイプに会わずに済んだだけだったのだ。

 

 

祖母は祖父に愛されたい 祖父に嫌われたくない。

だから娘(母)や孫(私)になにかされても注意出来ない。

母は祖母に愛されたい 祖母に嫌われたくない。

だから、娘(私)が祖父になにかされても 祖母が嫌がることは出来ない。

 

 

虐待児の母親がどんな生まれ育ちなのかは私は知らない。

 

しかし、「誰かに愛されたい」

自分が愛されるためには 相手が嫌がるようなことは出来ない。

 

愛されるために資格などいらない。

それを知らなかっただけだろう。

(私も最近まで知らなかった)

 

たった これだけの単純な心理のような気がする。

 

 

辛いニュースに触れる度にそう思う。