毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

子育ての辛さ

子どもはカワイイ。

しかし、子育ては辛いときもある。

っていうか、辛い時間の方がもしかしたら長いかもってくらい大変だ。

それは恐らく幸せな幼少期を過ごした人も私のように残念な幼少期を過ごした人も

一緒だと思う。多分。

 

日々Twitterでは育児辛い話がわんさかだし、

一方FBでは育児素晴らしい話がわんさかで 両方のヘビーユーザーな私は

日々苦笑いしてるわけだが どちらも真実だと思う。

 

で、そんな辛いのが普通な子育てだけども特に辛かったことがある。

 

それは

自分の幼少期と息子を重ねてしまうこと。

 

乳児の頃は

誰もに祝福されている息子に嫉妬した。

私が生まれたとき…

誰も助けてくれないから、自分で車を運転して産婦人科に行って、一人であなたを産んだのよ! 帰りもあなたをかごに入れて、自分で運転して帰ったわ!だれも迎えに来てくれないから!

という母の話を繰り返し聞かされた。

母としてはおそらく「私たくましい!」という武勇伝のつもりだったのだろうと思うが

私にとっては 「誰も私の誕生を喜んでいなかったのか?」と思わざるおえない話だ。

 

息子が2歳、3歳と成長するにつれて

また別の感情が出てきて、私を苦しめた。

息子は私や周囲の大人に対して

「だいしゅき~♡」とニコニコ抱き着いた。

乳幼児として当たり前の姿であるが、私には大人に対してそんなことをした記憶がない。

かわいい息子を前に違和感しかなかった。

 

違和感について、母と話したことがある。

すると母もやはり同じように違和感をもっていたそうだ。

ニコニコしながら「だいしゅき~」と抱き着く孫を見て

「カワイイ」よりも「自分は人に対してこんなことをしたことがない」と。

母と私は幼少期に愛を感じずに育ったもの同士だったのかもしれない。

 

息子が4,5歳になったとき

丁度 自分の母親が毒親であることに気付いてしまい

そこから数年苦しむわけだが、やはりその間子育ても苦しかった。

 

自分5歳くらいの時…日常的に嘔吐していたときだ。

もし、息子が嘔吐したら?

私は間違いなく小児科に走る。

心から心配して、介抱するだろう。

しかし、30年前 私の嘔吐は大人たちに見て見ぬふりされ、大人にとって

都合のよい解釈をされていただけだった。

私が嘔吐しているのをみて母は

新しい夫の連れ子(兄)を家(母のこだわりHOUSE)に入れないと決断したそうだ。

 

なんだそりゃ。お前が単に連れ子と暮らしたくなかっただけだろうが。

と、母の呪いがとけた私は思う。

 

息子が小学生になってからは

彼は彼で個性がしっかりと出てきており、また、子ども特有の中性性も消えて

随分男の子らしくなった。

私と息子が別人格と今までよりもずっとリアルに感じるようになり

少しずつ子育てが楽にはなってきた。

 

もし息子が男でなく、

女で、息子でなく娘だったら…

 

そう思うと恐ろしい。

私は自分と娘を別人格と見られるだろうか?

 

第二子を真剣に考えることが出来ないのはこの辺の事情もある。

息子を産んだあと 1度妊娠したが

残念ながら出産までには至らなかった。

 

自分のお腹に命を宿しても 

「もし女の子だったら…」と思うと素直に喜べない自分がいた。

嬉しさの反面、娘と距離感をもって上手く付き合うことが出来るか不安なのだ。

そんな不安のせいか、もともとそういう運命だったのか

流産した。

ものすごく悲しかった

正直 ホッとした部分もある。

 

そんなはずはないとわかってはいるけれど

夢に小さい女の子が出て来ると… もしかして?と…

非常に申し訳ない気持ちになる。

 

私も年齢的に出産が難しい年齢になってきて、焦る気持ちも出てきた。

子どもはカワイイ。

出来ればもう一人欲しい。

しかし、私はまた同じ過ちを繰り返さないという自信がない。

 

いっそ 早く産めない年齢になればいいのに…。と思わなくもない。

そしたらもう悩むこともない。

どんなに楽だろうと。

そんなどうしょうもないことを思いながら 

一日一日 年をとって行っている。