毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

なんでも差別おばさん

まぁ先日書いた強烈な日教組先生のことなんですけど

warumix.hatenablog.com

 

最近 Twitterでなんでも安倍総理のせいにしちゃう人々のことを揶揄しているのを見て思い出した。

当時は自民党政権ではあったけど(あれ?連立政権だったっけ?)

特に今のような「あべが―」みたいな風潮はなかった気がする。

ただ、田島陽子氏のような方が出てきた時期ではあった。

 

日教組先生ことIは田島氏のような勢いで何かにつけて

「差別だ!差別だ!」と騒いだ。

 

一般社会と違い、教室の中というのは教師が絶対である。

そういったわけで、我がクラスは男女別だった出席簿が男女混合になり

敬称は〇〇さん で統一。

修学旅行の際の部屋割りももう少しで男女混合になるところだった。

運動会での応援合戦の際は 例年男子が応援団・女子がチアガールを担当していたが

我がクラスに限り、女子が応援団、男子はポンポンを持たされた。

応援団やチアガールの志望者を募った段階ではそんなこと知らされなかったので

男女ともに目立つ子が志願する。

小学生のわりに成長がよい男の子(比較的男らしいという自覚がある子)がポンポンを振るのだ。

女子はともかく…。男子は見ていて可哀そうだった。

平成の始めの頃である。

親戚や親が見ている前でポンポンを振るのだ。

当然 やじが飛ぶ。

その中を恥ずかしそうにポンポンを振る男子。

微妙な表情が忘れられない。

 

クラスメイトが入院した際、みんなで千羽鶴を折ることになったが

その時も

「茶色や黒を使わないのは黒人差別につながる」という謎の主張により

千羽鶴のデザイン性を無視したよくわからないものが仕上がった。

 

なんでも差別につなげる人も 現在なんでも安倍総理のせいにしちゃう人も

同じメンタルなんだと思う。知らんけど。

自分の主張のためにはなんでも利用する。

私が「そう」思うから「そう」なのだ。

カッコよく?言うと

「価値観の押し付け」

価値ある価値観ならば、時間がかかっても広がっていくだろう。

しかし、そうはならない。

個人的な思い込みだからだ。

にも拘わらず、それに賛同しなければ攻撃する。

彼らには幼稚性しか感じない。

そんな幼稚な教師がいる教室に2年間もよく我慢していたな…と思う。

しかし、今考えると幼稚な価値観の押し付けという点で

 

 

毒親そのものだ。