毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

中学受験の思い出 その3(6年生後編)

お世話になった〇〇館を辞めるとき

本当に辛かった。

仲良しのGさんと離れるのも嫌だし、先生と離れるのも嫌だ。

しかし、私は

「さすが」なのだ。

他の人とは違う決断が出来る人間なのだ。

そう信じ込むしかなかったし、

絶対に志望校に合格するしかないという気持ちになっていった。

こんなに辛い思いまでして不合格なのは嫌だ。

その頃から 母と一緒に仏壇に手を合わせて合格祈願を始めたりもした。

(ちなみに、仏壇の中身は〇〇学会のご〇〇様である)

 

大手進学塾には冬期講習から移った。

デカデカと塾のキャッチコピーとマークが入ったファイルなどの文房具や

「必勝」だか「合格」だか書かれたハチマキをもらった。

「おお、これを巻いて勉強するのか!テレビで見たことある!」と

一瞬テンションが上がったが、実際に巻いてるひとは一人しかいなかった。

いわゆる「空気読めない」とされるタイプの男の子だけだった。

 

講習中、私は一番前の席を指定された。

新入りで勝手が分から私を先生が面倒見てくれるためである。

それまでいた〇〇館のSクラスとは違って 生徒は一クラスに30人程いた。

その30人の中にたまたまGさんと同じ苗字の男の子がいて

出席の度に私は一番前の席で

「Gさんでありますように!Gさんでありますように!」

と、あり得ないお願いを心の中で唱えていた。

 

孤独だった。

 

ハイジがクララの家で暮らし始めたときと同じくらい孤独だったと思う。

わかんないけど。

 

授業中も内容は全く頭に入らない。

とにかく、元の〇〇館に戻りたくて仕方なく、一番前の席で声を殺して泣いていた。

また、悲しいという気を紛らわせるために

こめかみをずっと引っかき、爪の間を血だらけにした。

当時、私はニキビが酷く、こめかみにたくさんのニキビがあった。

そのニキビを爪でひっかくからすぐに血だらけになるのだ。

私のこめかみはその時のニキビ跡が未だに残っている。

大人になってからレーザーだピーリングだで10万円以上つかって

治療したが、40近くなってもその時出来たクレーターは

残っている。

 

冬休みが終わり、3学期に入るころ 塾のクラスは志望校毎に分けられた。

私の志望校は女子校だったので、クラスは女子のみになり、人数は20人くらいになった。

そのあたりから 少しずつ面倒見のいい系女子たちが私に話しかけてくれるようになり

孤独感は大分薄れたが それでもやはり私は「新入り」のまま受験期に突入した。

 

志望校は私が住んでいたところから通える私立中の中で一番偏差値が一番高いところだった。

因みに二番目が雙葉 三番目はふつうの女子校だ。

母は「一番偏差値が高い」という理由で志望校を押しだったし、私の学力は5年生の時点でそこに入れるくらいだったので、志望校以外の学校を検討したとこはなかった。

しかし、やはり大手進学塾は違う。

進学塾の講師は母に「何事もホップ、ステップ、ジャンプです。3校受けましょう」と言う。

母は進学塾の講師の話を鵜呑みにする。

結局、一度も進学を検討したことのない雙葉とふつうの女子校も受ける羽目になった。

雙葉はともかく、ふつうの女子校については母が忌み嫌っている学校である。

(昔、そこの生徒に意地悪されたらしくその女子校の話をするたびに学校名の頭に「バカ」を付けていたし、その学校出身の芸能人を嫌っていたりした)

 

合格しても行かない学校を受ける意味あるのか?

とか思っても母は言いなりである。

1月中旬から3週間連続で ふつうの女子校、雙葉、志望校と受験することになった。

 

ふつうの女子校は 合格する自信あるし~

ということで殆ど緊張することなく試験日を迎えた。

受験前に校門の前で 大手進学塾の先生が生徒たちを激励しており、

「合格切符」なるものを生徒たちに手渡していた。

ああ、これがあの「合格切符か!」とそれがどんな素晴らしいものか

ワクワクしたのも束の間

ただの色画用紙に

「合格行き」みたいな切符を模したデザインが印刷され

その裏には 「あがり虫を退治しよう♪」という文字とコミカルな芋虫のような

ものが10匹程印刷されているものだった。

試験前に あがり虫と言う名の芋虫を鉛筆で塗りつぶすことで緊張がほぐれるらしい。

 

私は怒りで震えた。

 

こんなものの為に私は転塾したのか?

 

 

翌週は雙葉の試験だった。

ペーパー自体は難なくクリアしたが、雙葉は面接まであった。

面接までの待ち時間が長く 私はその日から体調を崩した。

 

ふつうの女子校の合格発表は見にもいかなかったが(塾の方で教えてもらった)

雙葉の発表日は緊張した。

他の学校のように掲示板で発表するのではなく

速達の封書で届くのだ。

母は朝からそわそわし、郵便局に電話して何時頃到着するか問い合わせたりしていた。

元々雙葉に行くつもりはなかったが、

丁度 皇太子さまと雅子様のご成婚が決まり、雅子様フィーバーの真っ最中で

雅子さまの出身校ということで母の中で雙葉ブームが来ていたからだ。

(もちろん私が受けたのは田園雙葉ではない)

 

志望校に合格させるために 塾まで変わったのに

「雙葉も良いねー♡」とか言い出した母に戸惑うしかなかった。

 

そうこうしているうちに最悪の体調で志望校の入試日を迎えた。

前日に病院でビタミンだかなんだか注射してもらい、気合いで受験した。

試験の途中、気持ち悪くなって退席したりもしたがなんとか最後まで頑張れた。

 

色々あったが 私の頑張りで 志望校に合格した と思った。

 

 

 

…凄い長いですが、多分次で終わります…