毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

死にかけてから14年後にゾンビに殺された話@茅場町

 

生きてりゃ色々あるな…と思った話。

warumix.hatenablog.com

 

↑でも少し書いたが 23歳の頃、本気で死にかけた。

当時、私の勤務先は東京の茅場町というところにあり

欝の薬を飲みながら毎朝東西線をつかって通勤していた。

会社を辞めた日。

職場から茅場町の駅に向かう途中。

もう二度と茅場町に来ることはないだろうな

と、ぼんやりと思ったことを覚えている。

当時、私は「明日とか来週あたりは生きてるだろうけど、来年生きてる自信はない」

というような状態だった。

 

その後、地方にある実家に帰り、職を転々としながらも奇跡的に結婚し

実家から出たことで 人間らしい生活を送っている。

子どもも生まれたし、家庭内はなんの問題もない。

個人的には色々あるけど、昔に比べたらなんてことない。

 

去年のことである。

「桜花一門」というVRゲームの開発をしている会社が

VRゲームの発売前にモニターを募集しているのを偶然Twitterで見つけた。

 

私はIT関係に明るいわけでも、ゲーマーでもないが

単に「ウェアラブルコンピューターは絶対来る!!」と純粋に思っている。

というわけで、この手の新製品が好きだ。

特に買うわけじゃないけど。

VRについても、数十万出して買うわけじゃないが

イベント等で体験出来る機会があれば必ずゴーグルを被る。

まぁ ただの軽い趣味である。

 

そんな私に 発売前のVRゲームを体験する機会が現れた。

これはもうゴーグルを被りに行くしかない。

ってわけで、モニターに応募し、めでたく体験できる権利を得た。

 

会社の場所は東京だった。 

しかも、茅場町だった。

14年前 「もう行くことはないだろう」と半分死んだような状態で

出た茅場町である。

 

多少土地勘があるから大丈夫だろうと思っていたが

茅場町でも東西線の出口が違うとまるで違う町のようだった。

地図を見ながら 無事到着し、世間話も早々にVRを装着する。

VR空間に戸惑いながらも なんとかVR空間を自由に動けるようになったところで

ゲームが始まった。

ちなみにコレ↓ 

Chain Man(VR) PV001 - YouTube

 

ゲームとはわかっているが、怖い。

作られた映像だとわかっている。

VRゴーグルの外は平和なオフィスであることもわかっている。

しかし、360度囲まれた世界は もう現実と言っていいほどにリアルだった。

徐々に異世界に没入していく。

 

そして、没入して早々に私はゾンビに殺された。

 

本気で悲鳴を上げた自分に照れ笑い。

それとは別にも私は本当に愉快だった。

 

14年前 半分死んだような状態で出た茅場町

私は 自らゾンビに殺されに来た。

 

人生とはなんと面白いのだろう。

 

欝のとき、中島みゆき氏の「時代」を聞きながら

「いつか笑える日がくるさ」というフレーズに勇気を得ていた。

 

当時、待ち望んでいた「笑える日」がこんな形で来るとは中島氏もビックリだろう。

 

辛い思い出もこんな形で消化することもある。

今、辛い人に上手いことは言えないが。。。

生きてりゃ こんなこともあるよ

って話。