毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

母と私の境界線

2018年5月13日

本日は「母の日」

もちろん?私は母に何もしませんが

過去はきちんとしていたわけで その時の思い出。

と、それにまつわる話。

 

小学生の頃、私はひどいテレビっ子で学校がある日でも一日6時間くらいは軽く見ていたと思う。

見ていた…というか、常時つけっぱなしの家だったし 当時には珍しくマイテレビを持っていたので ホントに朝から晩まで見続けていた。

というわけで、見事にマスコミに流される。

母の日も父の日もバレンタインデーもクリスマスもお正月もイベントには全力で乗る。

〇〇の日の前には 近所のダイエーの「〇〇の日」コーナーに張り付き、「〇〇の日」コーナーに張り付き、プレゼントを吟味したものだ。

 

確か小学校2年生くらいの時だったと思う。

ダイエーの「母の日」コーナーにあった 薄いブルーの布に 薄いピンクのチューリップの刺繍がしてあるハンカチを母に買った。

私はそのハンカチが その売り場の中で一番キレイだと思って買ったのだ。

母に渡すと とても喜んでくれたし、「もったいないから使えないわ」と言って、ドレッサーの中にしまってくれた。

私は満足だった。

 

それから10年程経って…。

母が言った。

「昔、わるみちゃんが母の日にってハンカチくれたけどさー 

 あれ、すっごいババくさかったよねぇー 

 わたし、そんなにババアか?ってショックだったわよー」

その時私は高校生だか大学生だかだったので、

その場に合わせて一緒に笑い、私の幼少期の笑い話の一つして消化したが

内心は非常にショックだった。

それ以来、私は母になにかプレゼントするときは前もって何が欲しいか聞くようになった。

 

 

私は27歳で結婚し、のちに息子が生まれた。

息子が3歳の頃 私達家族3人と母とでショッピングモールに行ったことがあった。

(その頃はまだ毒親と気付いておらず、母とも付き合っていた)

母の誕生日まであと数週間くらいのタイミングだったので

私は母に何が欲しいか聞いた。

すると母は そこのショッピングモール内にあるセレクトショップのマグカップを指定したので、みんなでその物を確認し「じゃあ今度これをプレゼントするね。」と約束してその日はそのまま帰った。

(今考えると、その場で買えばよかったのだが)

 

後日、夫と3歳の息子が二人だけで出かけたときに

おばあちゃんへの誕生日プレゼントを買って帰って来た。

夫曰く、「お義母さんがマグカップが欲しいって言ってたから」と。

3歳の息子が選んだマグカップはもちろんセレクトショップのものではなく、かわいらしいライオンの絵が描かれたものだった。

おそらく、夫としては私や母に気を遣ってくれたのだと思う。

私は「お母さんが欲しいのはそのマグカップじゃない」と言いたかったが

夫と息子の好意をつぶしたくなかったし

溺愛している孫(息子)が選んだものだと言えば 喜んでくれるかもしれない。

という淡い期待もあった。

 

しかし、やはり違った。

夫や息子の前で、母は「ありがとう。とっても嬉しいわ」と喜んで見せたが

「もったいなくて使えないわ」と食器棚に仕舞った。

それからしばらくして 

私と二人になったとき 母は怒った。

「なんで違うの買ってくるの?あれが欲しいっていったじゃん」

 

正直、他人から貰ったプレゼントが気に入らないことなど頻繁にあることだ。

「子どもから貰ったものは全てが宝物と思え」

とも思わない。

気に入らないものは気に入らないんだからしょうがない。

 

しかし、改めて母の言動にモヤモヤする原因を私なりに考察してみると

 

・母は 自分(母)と娘(私)の境界線が曖昧

 

だったのではないか。

 

自分(母)が思ったことを自分の一部(私)に伝えただけ。

そこには私の幼い頃の自分に対する気持ちや私の息子に対する気持ちは一切考慮されていない。

私は母の一部でしか過ぎなかったのだろう。

 

絶縁してから何度目かの母の日。

彼女は娘が自分の一部ではないと気が付いたのだろうか?