毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

誰にでもいいから抱かれてみたかった時期の話。

ものすごいメンヘラビッチなタイトルだが、

実際に抱かれたわけじゃないことを自分の名誉のためにも先に書いておく。

 

時期 と書いたのは 結構長い期間だったから。

妙齢の女性ならば? 一度や二度はタイトルのようなことを考えたことがあるかも

しれないし、実際にヤッちゃった経験のひとつやふたつあるかもしれない。

しかし、私がわざわざ 自己肯定感云々のブログでこの時期のことを書こうと思ったのは、その時期が一般的に異常とされる時期と思われたからだ。

 

その時期は 私の記憶が正しければ…

5歳頃から12,3歳頃だ。

 

小学校入学まで、毎週末に祖母の家に泊まりに行くのが習慣だった。

母親の母親でまあ変わり者である。

いつも祖母と祖父のベッドの間で寝ていたが

私が寝ている間 祖母は寝室のテレビで日曜洋画劇場を見ていた。

大抵、すぐに眠くなるのだが 日によっては一緒に最後まで見てしまうこともあった。

そして、洋画劇場のなかでよくあるシーンがラブシーンである。

直接的なシーンはないものの、裸の男女が見つめ合って、手をつないで、抱き合う…みたいな?

よくあるやつである。

そういうシーンを見て、幼児だった私はその行為になんの意味があるのか知らず、

ただ、見つめ合つて、手をつないで抱き合うことに憧れていた。

 

小学校中学年から高学年くらいにかけて、例のシーンの意味を知ったとき

そこそこの衝撃は受けたが、相変わらず憧れは止まらなかった。

と、言っても時代は平成に変わってすぐぐらいで小学生女子がその手の情報に

アクセスできるような環境ではなかったので、相変わらず映画やドラマのラブシーンを

食い入るように見る程度のことだ。

誰でもいいから…と考えていた時期の最後の記憶は、確か小学6年生くらいのときに観た「マルサの女2」だったと思う。

少女が三國連太郎の愛人になるシーンを見て、心底うらやましいと思ったのだ。

(別に三國連太郎がすきだったわけでない)

 

 

私は両親や周辺の大人に 見つめられたり、抱きしめられた記憶がない。

私は本当は見つめられたり、抱きしめられたかったんだろう。

しかし、周りがそういう環境じゃなく、一番近かったのがテレビの中だった。

だからテレビの中をモデルケースとし、自分もそうしたいと思っていた。

つまり、そういうことだったんだろうと今になって思う。

 

よく育児系の書籍や幼児教育評論家みたいな人々が言う

「子どもの目をみましょう」

「子どもを抱きしめましょう」

というのは、ただのお花畑発言なわけでなく、本当に子どもにとって大切なことなのかもしれない。

私が幼少期を過ごした昭和から平成にかけてと今は環境が全然違う。

一方向に情報を流すテレビと違って、ネットは双方向だ。

抱かれたいと思ったとき、簡単に抱かれてしまう昨今である。

 

「見つめ合って、抱きしめる」という環境がどうか家庭内にありますように…。