毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

息子を手放したことにまつわる葛藤の日々

手放した

というと語弊があるが

自分の中ではそんな感覚。

 

実際は「1年間限定で山村留学に出した」だけだ。

今 住んでいるところは地方ではあるが そこそこ都市部である。

海も山も近いが

車がない我が家にとっては中々行く機会もなく

海に関しては 割と近いが 

息子が幼稚園生の頃 お友達と近くの海に遊びにいったら

砂浜に注射針が落ちていたことがあり、それ以来行かなくなってしまった。

元々 夫婦ともにインドア派であり、またその息子もインドアなわけで

そんな息子に 「思いっきり自然の中で遊んで来ーい」っていうのが

表向きの理由だったりする。

 

裏向きは…

ありがたいことに、息子は自己肯定感の高い子に育ってはいる。

しかし、私は未だに自分の子育てが正しいのか分からない。

子育て関係のセミナーを受講し、そしてその講師の資格まで取り、

他人様に偉そうに教えているが

本当に私の子育てが正しいのかなんて 終わってみないと分からない。

(まぁ 正解なんてないのだけど)

そんなわけで、自分以外の人間に育ててもらうのも良いかと思ったのだ。

あくまで1年間の期間限定であるし、留学制度は行政が管理しているものだし、地域住民や学校の先生なども協力しているし、そもそも寮生活なのでそんなにおかしなこともないだろう。

実際に現地で見学し、息子も気にいり 自ら留学を希望したことで

今年の4月から息子は一人で見知らぬ土地で見知らぬ人々と寮生活を送っている。

 

最初は良かった。

村民に大歓迎され、村の小学校でも大歓迎され、寮母さんや周辺の人々も

息子たち寮生を可愛がってくれた。

 

しかし、ある程度時間が経ってくると色々出て来る。

大問題ではないが…

例えば 就寝時間などの基本的な生活スケジュールが守られていない点。

みなさんが可愛がってくれる結果、息子を含めて寮生が少々わがままになっている点。

食事の量や質の問題。

事務的な連絡が殆ど来ない点。

そして、特に安全対策が皆無な点。

「寮生活」というよりも、

「子どもを夏休みに田舎の(孫に甘い)祖父母の家に預けた」という感覚に近いと思う。

 

そんな風に小さな問題が日々積み重なっている。

息子を手放し、相手方に委ねた以上、あまり細かいことで口出しするのは良くない。

そう思いつつも 小さなイライラが貯まる。

それは私だけでなく、他の保護者も同じだったようで

寮に対して言えないイライラがこちらに向けられたりもした。

「〇〇について、どう思いますー??ありえなくないですか??」

というLINEや電話が5月から6月にかけて週1くらいで私のところに届く。

 

私は 終わりのない愚痴が嫌いだ。

解決策を求めない愚痴など チラシの裏にでも書いてろバカと本気で思うタイプなので

そんな愚痴をスルー出来ず、また、自分のつもりつもった小さなイライラを処理しきれなくなった結果

留学制度を仕切っている行政へ「お願い」と題し、改善して欲しい点を箇条書きにした文書を送った。

 

しかし、行政からの返事は「ほぼない」

「送りました」と電話しても。「はい」しか返ってこない。

どのくらいこちらの不満点が伝わっているのかさっぱり分からない。

 

結局、今月末に保護者数名と行政側と寮母さんの3者で話し合いをすることになったが…

 

改善の兆しが見えないのであれば、息子を1学期で家に戻そうと思っている。

相手方が真剣に対策をとってくれるのであれば1年間そのまま預けていたいが

今のところの反応を見る限り望みは薄い。

 

しかし、問題は息子自身が村での生活を気に入ってることだ。

4月に出して以来、息子と深く本音で話す機会がないので分からないが

週1回の電話でのやり取りを考えると 本人は楽しそうだ。

 

親の都合で家に帰していいものか。

それとも、子どもを守るためには仕方ないのか。

 

そんな葛藤の日々だ。

 

 

 

やたらとメディアに出たがる理由

割と近しい人のところに

「CLASSY.に出ませんか?」という話がチラホラ来ているそうだ。

なんだそれ、うらやましい。

彼女たちはどうやらお断りしたそうだが、私なら喜んで出ただろう。



私は現在 普通の主婦なので

特にテレビや雑誌に呼ばれることはないが

今まで何度か出たことがある。

少々奇抜な注文住宅を建てたときに家のTV取材でローカル番組に「家主」として2度程出たのと、若くして家を建てたとしてローカルのフリーペーパーの持ち家特集のようなものや「節約上手」として全国紙に合計3度出た。

 

「出たがり」

といえば出たがりなのだが、たいてい自分の写りの悪さに凹むし、そうなることもわかっているので 凹むのにわざわざ出ることもないのだが…。

 

私には「生き別れ」の親族がいる。

実父や祖母(年齢的に死んでるかも)

父方の従妹たち

 

とくに実父に会いたいとは思わない。

ブルーカラーでパチンコや競艇に家族で行くような男だったし

多分 年齢以上に年をとり、外見はボロボロだろうと思う。

高校生くらいのときに読んだ伊集院静の「乳房」という短編集に 離婚して離れた娘と

一緒に野球かなんかを見る話があった。(うろおぼえ)

当時、こんな感じのお父さんだったら会いたいと思った気がする。

しかし、きっと真逆だろうな。。。と思いなおした思い出。

 

祖母には会いたかった。

多分死んでるけど。

実父に関してもだが…

あえて会おうとしないのは 継父に恩があるからだ。

 

従妹たちには小さいころよく遊んでもらった。

私が年長さんのころ 彼女たちは確か小4と小3だった。

けいこちゃん と なおみちゃん

彼女たちにとって私はわがままな従妹だったと思うが

私が突然 彼女たちの前から居なくなったことを

彼女たちは子どもながらにどう消化したのか気になる部分はある。

 

しかし、探してまで会いたいかと言われたら微妙だ。

今更なにをどう話していいか分からないし、

実父(彼女たちからしたら叔父さん)とは違う男の娘として生きている私を

彼女たちがどう見るか?と思うと少し怖かった。

 

そんなこんなで 「生き別れ」てから30年以上経過した。

 

5.6歳の頃のおもかげもないほどにおばさんだし、

苗字も変わり、インターネットの力を使っても繋がるのは困難だろう。

 

ただなんとなく…

私の存在をふと思い出してくれたら…と思う日々の中

メディアに出るチャンスがあれば ほいほいと応じている。

 

何故苦労してまでお金を減らすのか問題。

唐突だが

去年170万円ほど投資でお金を失った。

そして懲りずに今もなお損し続けている。
(結婚前の自分の貯金なので、家計には影響ない)

 

もう辞めればいいのに。

と、自分でも思う。

なぜ、私は投資にこだわるのか?

 

私がやっているのは株式投資だ。

日本株only

自分で四季報なんかを読んで 気になった銘柄をどんどん買っていく。

 

相場は…

株を買うのも売るのも自由だ。

いつ始めてもいいし、いつ辞めてもいい。

お金がなくなるまでは自由だ。

すべて自分の意思次第なのだ。

 

去年までは カリスマトレーダーのような人に教えてもらっていた。

かなり親切な人だったので、銘柄を相談したら買いだの売りだの教えてくれたし

おすすめ銘柄も(たまにだけど)教えてくれた。

私は、元々依存体質なのか

いつのまにか彼に依存していた。

自分で銘柄について一生懸命調べたうえで「買い」と判断して

彼のもとにその銘柄をもって行く。

そこで「買い」と言われれば買ったし、

そう言われなければ 買わなかった。

そんななか、自分で「買い」と判断した銘柄をさらに彼に「買いだ、ここは勝負だ」と

言われすっかり舞い上がり…170万円をわずかな期間で失った。

そこから自分の依存体質を反省し、生き方そのものを見直した。

結局、損したことよりも、それをきっかけに彼とは離れ今は自由にやっている。

 

しかし、やはりじわじわとお金は減っていく。

 

そもそも私はお金が必要なのか?

口では「相場で大儲けしたい」とか「経済的自由が欲しい」とか

言っているがそれは本心なのか?

 

結局のところ

自分が好きな銘柄を買い、

それが思い通りに動く瞬間が見たいだけではないのか。

 

今はそんな気がしてきている。

本来なら自分が好きなように動き

人生が思い通りに動くことが理想である。

しかし、それは出来ない。

私にはそれほどの勇気がない。

例えば…

今すぐ主婦を辞め、突然VRの開発者になるなど私に出来るはずもない。

 

そんな理由で

自分の人生の代わりとしての「お金」を突っ込み

「お金」と「時間」をだらだらと減らし続けているのかもしれない。

 

 

 

 

「あなたには帰る家がある」にハマって気づく自分の前提のおかしさ。

「あなたには帰る家がある」という連ドラにハマっている。

www.tbs.co.jp

 

浮気された中谷美紀と 浮気した木村多江の対比がたまらない。

 

された方が 良くも悪くも自然体の中谷美紀

した方は 計算する女な木村多江

 

私は愛されるために努力しないといけない。

存在するために努力しなければと思うタイプなので

木村多江の姿がたまらない。

男の要求にこたえ、完璧に家事をこなし、大量に料理を作り存在意義を見出そうとする。

怖い。

 

そう、怖い。

客観的に見て怖い。

ああ、私ってこんなんだったのか…。

と、今更ながらに気付く。

 

対して、自然体の中谷美紀の方。

家事も適当だし、男に一切媚びない。

ドラマ中でも木村多江に「あなたみたいな女が嫌い」と言われたいたが

私もそうだった。

 

自然体で許される女が嫌いだった。

 

しかし、今思うと…

許す、許さない

という視点があるという前提が既におかしい。

 

なぜか?

思春期に太っていることを否定されたからか?

連れ子であることを常に意識させられていたからか?

学力で存在に優劣が付く環境にいたからか?

 

「やせたらかわいいのに」と今の自分を否定された。

「連れ子なんだから」と自分の感情をフルで出すことを否定された。

「〇〇中に合格したから凄い」などと学力で人格への評価が左右された。

 

歪な価値観はそんな経験からか。

 

誰でも、自然体で存在していい。

 

未だにしっくりはこないが…

自然体で存在していいのだ。

私も。周りも。

 

 

 

 

無駄に我慢強い

ふと、思い立ってこの年齢になって局部の脱毛(医療レーザー)を始めたのだが

あれはまぁ痛い。

「輪ゴムでパチンって弾く程度の痛さですよ~」と病院のお姉さんは

言うが、針で刺されるほどの痛みである。

 

で、痛いんだけど我慢する。

私が望んでレーザーを打ってもらっているから当たり前だ。

手のひらにじっとり汗をかきながら 一生懸命に違うことを考えて

痛みから気をそらそうと我慢する。

そして、施術が終わるまで無言で耐える。

痛みの嵐が静まるまでじっと耐える。

 

そうすると お姉さんに

「痛みに強いんですね!」的なことを言われる。

なんでも他の人々は痛みに我慢出来ずに声を上げたり、出力を弱めたり

冷やしたりしながら 休み休みしながら施術するらしい。

 

私は昔から我慢強い。

小学校1年生のときに、学童保育に置いてあった

「花さき山」という絵本に感動するくらい我慢強い。

母がヒステリーを起こしたとき、

小学校の担任がヒステリーを起こしたとき、

会社で上司に叱られたとき、

ずっとこうやって我慢してきた。

彼氏に浮気されようが、不当な扱いを受けようが

じっと耐えた。

 

対企業とかそういった場面

(こちらがきちんとお金を支払っているにも関わらずサービスが提供されないとか)

では、言いたいことはきちんと告げるが

対人間関係だとなぜか弱い。

そして、人間関係で我慢を強いられると

身体に不調が出る程に我慢する。

 

なぜか弱い ではなく

自己肯定感が低いから弱いのだろう。

「自分程度のものがこんなことお願いしても良いのか?」

という意識が働くのだ。

その点、対価を支払っている場合は強気である。

お金には価値がある。

しかし、私には価値がない。

 

そんなわけで

今も 数日前から頭痛と倦怠感に悩まされている。

寝ても寝ても寝足りずに 寝すぎて頭痛

寝すぎなくても頭痛い。

 

野村佐知代のような人が心底羨ましい。

 

 

 

 

 

VRに夢中だという話をきっかけにパニックになった挙句悲しくなった件。

先日から続くVRネタ。

 

使い方にもようやく慣れてきたので、最近は外に持ち出して

近所のママ友にやたらとVRを被せて回っている。

元々 やや変人枠にいるので、私の異常行動に付き合ってくれるママ友がたくさんいて

幸せだ。

 

さて、そんな中 

私がVRに夢中だという話の流れで

「もし、私が今18とか19とかの男の子だったら…英語勉強して、プログラミングとかなんとか言語とか勉強して自分でVRの何か作っちゃうだろうなぁ」

と発言したところ。

「え?やればいいじゃん~」と。

 

いやいやいや。

今更 そんなガッツはない。

 

この会話の後、自分でも不思議なくらいパニックになったので詳しい会話の経緯は思い出せないが…

 

何故そう思うのか?とかなんかそういう話になっていった。

 

warumix.hatenablog.com

↑にも書いたが、私は1980年生まれで 大学生くらいのときにIT革命みたいな瞬間を生きていた。

私は革命の時期に居たにも関わらず

日々、便利になっていくものをただ消費するだけの存在だった。

2chに新しい板が出来たり、ブログが誕生して簡単にどうでもいい文章を垂れ流せるようになったり、本屋さんに行くよりも早く本が手に入るようになったり、youtubeでなんでもみられるようになったり…。

受け身の存在であり続けた。

 

「じゃあ、そんな革命の真っただ中で生きている18歳の自分に 今声をかけるとしたらなんて言う?」

 

「え????えぇぇぇぇぇl?・・・・・・・・・・・・・いや、別に??」

 

自分でもよくわからないがパニックだ。

私は当時何をしていた?

どこに就職したんだっけ?あっ!証券会社だった。

もし証券会社じゃなくて、SEとかになってたらどうだっただろう。

当時 SEは比較的新しい職業だった。

でも、なんか物凄く過酷そうだったよな。

耐えられたかな?

どうだろ? 

PCに夢中になってた兄はどうだった?

あいつは銀行員になった。

「コンピューター関係の仕事がしたい」って学生の時に言ってたけど

今は地方で銀行員だ。

どっちがよかったのかな?

 

っていうか、なんでこんなこと考えちゃったんだろう?

ここ10年20年で色々な物が出てきた。

youtuberだったり、仮想通貨だったり。

始めは「へ~そんなんあるんだ~」くらいの事だったのが、気がづけば大きな波になっていた。

私は大流行する前から「知ってはいた」にも関わらず、全てに乗り遅れた感がある。

それが悔しいのか?

じゃあ、今からVtuberやればいいじゃないか。今ならまだギリギリ間に合うかもしれないぞ。いや、もう遅いよ。

そんなこと言ってて仮想通貨に乗り遅れたでしょ。去年の秋に買っておけば良かったのに、イケハヤが参入したから天井だっていって仮想通貨を買う人々をバカにして笑うだけで 何もしなかった。

 

そんな雑念が頭の中を駆け巡る。

 

そう、結局私は何もできない。

多分、今18歳の男子だろうと女子だろうと私は何も出来ないだろう。

 

そんな結論を出すとともに 私は酷く悲しくなった。

 

 

 

 

 

楽しく仕事し、お金を自由に使いたい病をこじらせている話。

もしかしたら感じの悪い言い方かもしれないが…

現状、生活に困っていない。

年に一度家族で海外旅行に行く程度の余裕もある。(ただし、アジア圏)

夫はサラリーマンだし

余程のことでもしでかさない限り失職することもないだろう。

 

 

しかし、私は常にお金が欲しい。

まぁみんなそうだろうが。

 

 

なぜか?

祖母は 母親とか祖母としてはあまり良い人間ではなかったが

仕事は出来た。

ど田舎で生まれ 育ち、地元の有力者の息子と結婚したが離婚。

当時、離婚なんて早々するものじゃなかったので 祖母は田舎から都会へ出た。

元々商才があったのか、なにかで花開いたのかしらないが

そこそこ成功し、私が生まれたころには祖父と二人で商店街の中で小さなブティックをやっていた。

年商も収入も知らないが 

1990年代後半、時代はバブルである。

商店街の小さなブティックの店主のところにも景気のビッグウェーブはやってきており

週末はフレンチだ焼肉だ料亭だと色々美味しい物を食べさせてもらった記憶があるし、

デパートで買い与えられる服は決まってブランド物だった。

 

祖母はいつも楽しそうに働いていた。

腰が痛いだの、肩が痛いだのいいながらもお客さんを相手にする姿は生き生きとしていた。

そして、使うときも楽しそうだった。

値札など見ずに欲しいものをバンバン購入していく。

その姿勢は、近所のスーパーだろうとデパートだろうと変わらない。

 

そんな祖母の姿が大好きだった。

物を買ってくれるから好きなのではなくて

楽しそうにしている祖母が好きだったのだ。

 

一方、母は真逆だった。

私が小さいころはローンに追われていたし

結婚してからは「毎月決まった枠で生活しなければ」というルールに縛られていた気がする。

 

幼少期は祖母や祖父に頻繁に世話してもらったが

やはり長く暮らしたのは母である。

私の仕事やお金に対する姿勢は母の影響を強く受けていた。

warumix.hatenablog.com

 

しかし、やはり憧れるのは

祖母のスタイルである。

楽しく仕事し、楽しくお金を使う生活に強く憧れているのだ。

 

憧れているだけならいい。

 

時に憧れは自分の首を絞める。

 

「好きなこと、得意なことでお金を稼ぐ」

以外興味が無くなってしまった。

目下 生活に困っていないからとかそういう問題ではなく

それ以外 してはいけないような勘違いだ。

その結果、現在 小学生相手に勉強を教えている(得意なこと)が

時給換算すれば1000円以下である。一か月頑張って2万円程。

株をちまちまやっているが こちらは昨年派手にやらかしたので

マイナス。

勉強を教えるのも株の取引きも楽しいし、好きだ。

しかし、どちらも現状お金にはなっていない。

自由に使う程にお金を稼ぐには楽しい仕事をしている場合じゃない。

それは理解しているが…。

 

結局、ズルズルと楽しく仕事はしているが…

稼ぐことなく

不完全燃焼の自分がいる。