毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

親と志村けんと私

つい先日 志村けん氏が亡くなった。

 

両親が離婚してシングルマザー期が1~2年あったのだが、その間楽しみにしたいたの番組の一つに

「所さんのただものではない」「おれたちひょうきん族」(たしか続きの時間帯)

 

それがサラリーマンである父と再婚し、一緒に暮らし始めた途端にその時間は

まんが日本昔話」「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」に変更された。

 

理由は 「下品過ぎる」

(ちなみにとんねるずもだめだった)

 

まぁ解らなくもない。たしかに下品だ。

しかし子どもながらにこの生活習慣の変化にモヤモヤしたことも事実。

とはいえカトちゃんケンちゃんもまぁまぁ面白いし、私は存在感を消すことが上手いタイプの子どもだったので モヤモヤしながらもカトちゃんケンちゃんを見続け、あっさり受け入れた。

 

たまに放送されるドリフの特番やバカ殿についても特に規制されることもなく

(ドリフは実はインテリ集団という謎理論があった)

他の同世代と同じように

ドリフというより カトちゃんというよりも

志村けん」の全盛期と成長を共にした感がある。

 

カトちゃんケンちゃんの終了後か終了間際は忘れたが、だいたいそのあたりから

志村けんのだいじょうぶだぁ」が放送され始め 私の曖昧な記憶によると

志村氏はおそらく一番人気があった時期じゃないだろうか。(そして志村氏の生え際が後退してきた時期でもある。なぜか後ろ髪を伸ばし始めてたよね)

今考えるとかなり下品なコントも満載だったが ドリフのメンバーである

志村けん」は我が家では許されていて、少々下品なコントも

家族でゲラゲラ笑いながら見ていた記憶がある。

 

そんな志村氏の全盛期の終わりごろか…

私は第二次成長期を迎えた。

身体も心も知識も子供から大人になりつつあるときだ。

 

先日もTwitter上でにぎわっていた「肉布団」「おっぱいすごろく」について

幼少期からリアルタイムで観ていたのだが 

私が最後にみた「おっぱいすごろく」がかなり印象的で

その頃から少しずつ志村氏(だけではなく、その他も)のコントや女性に対する振る舞いに疑問を感じるようになったのだ。

 

かなりうろ覚えだが 私が当時観た「おっぱいすごろく」には

「女」というマスと「昔女」というマスがあり、

「女」というマスに止まると半裸の若い女性とお風呂に入ることができ、

「昔女」というマスに止まると半裸の高齢の女性とお風呂に入るのだ。

それぞれのマスでの振る舞いの差に上手く言語化出来ない違和感があったことを

今でも覚えている。

そのあたりからだろうか…?

女性アイドルに腰を振らせる演出やいくらコントだとは言えセクハラまがいの演出に面白さを感じなくなり私は「志村けん」を観なくなった。

 

その後、コロナ騒動で志村氏がクローズアップされるまで 私は志村氏に対して

特に考えることもなく、ただ時々「昔女」について思い出すくらいだったが

この度亡くなったことで 昔のコントを観た若い方や志村氏のコントで育った方々が「志村けん最高!!!!!!」と「志村けんが亡くなって落ち込んだ」などと発言されているのを見て 同じく志村けん氏のコントで大爆笑しながら育った自分が

「そりゃ、高齢やし 死ぬやろ」と醒めていることについて

なんていうか

 

両親に対する想いと志村氏に対する想いとかなりリンクするのである。

 

志村けん氏のコントを楽しむこと(ゆるやかに)を日常とされるも

その状態を受け入れ10年弱 志村氏のコントを見続け 大爆笑し、

年齢とともに違和感を持ち楽しむことが出来なくなってしまったこと。 と

 

新しい父親がつくったルールを日常とされ

その状態を受け入れ30年弱 家族としての形を維持し

年齢とともに不信感が募ってもう無理になってしまったこと。

 

3日程前、絶賛絶件中の実母が私の留守を狙って

トイレットペーパーと大量のキッチンペーパー 

そして現金を家に置いていっていた。

 

このコロナ騒動の中 私の身を案じてくれてのことだろうし、

この件だけでなくても 家族であった期間も実母も継父も私に色々なことをしてくれた。

 

しかしながら、やっぱりダメなのである。

この騒動で面会も葬式もせずに死んでくれたら楽なのに 

と超ウルトラ残酷なことを考えている自分がいるのだ。

 

レベルは(かなり)違うが

志村氏の面白コントを再度見ても 良い人エピソードをいくら聞いても

もう笑えないし、特に悲しみもないのと同じで。

 

 

そんなことをここ数日考えていた。

 

 

 

 

 

私以外になりたい私と早期教育にハマっていた頃の話と途中経過。

ちらっとどこかでも書いたが

私は結婚前から、いや、恋人が出来る前から、ん?いや、確か小中学生の時から

将来 子どもが出来たら早期教育をしようと決めていた。

小学高学年の頃、学校の「親子文庫」という図書室とは別に親も子も本を借りられる教室があって、そこで「IQ200天才児は母親しだい!」という本と出合ってしまったのがきっかけだ。

詳細は忘れたが とにかく乳幼児から適切な働きかけをすると天才児になるという本で

結局のところ 早期教育の教材屋さんが自社の教材の宣伝のために書かれた本である。

 

で、その当時私は中学受験に向けて猛勉強をしている最中で、

「天才児だったら こんなに苦労しなくていいのに」という気持ちだったんだと思う。

今、考えると「小学生なんだから、今からやればなんとななるでしょ(;'∀')」と思うのだが、

私は昔から自分以外をうらやむところがあり、なんなら、入れ替わりたい本気で思う子どもだった。

自分の記憶の中で一番古いのは4~5歳。

スパルタ保育園に通っていたのだが、

・ハーモニカが吹けない。

・お遊戯が出来ない。

・好き嫌いが激しく毎日給食が食べられずに怒られる。

等の理由から 上記のことを簡単にやってしまう同級生たちが羨ましくてしかたなかった。

「体にカメラのフイルムのようなものがはいっていて 

それによってその子の性格や能力が決まる。

それを体にセットすれば その子のようになれて、〇〇ちゃんのやつをセットしたらなんでも食べられるようになる」という幼児のくせにSFっぽい空想をして現実逃避をしてた。

 

話がそれたが、要するに私は「努力して〇〇になりたい」ではなく

私以外になりたかったのだ。

 

そんな「私以外になりたい私」が「私以外を産み育てる」というミッションが

降りかかって来たわけで、

なんとかして「自分以外(私のスペック以上を持つもの)」を産みだす必要があった。

そんなわけで、妊娠が分かった瞬間 家庭保育園という教材を資料請求し

出産前には契約し、生まれる前は胎教。生まれた後(1歳半くらいまで)は早期教育にどっぷり浸かった。

 

恐らく胎教について、具体的に何をするかご存知ない方が多いと思うので

私が実際にやったことをサラッと書いておくと

・お腹に向かって話しかける。

・クラシックなどを聞く。

 あたりは一般的(?)だと思うが…

ーーーーーーー壁ーーーーーーーーーー

・お腹の子に論語を聞かせる。

・お腹の子に5か国語を聞かせる。

・お腹の子に向かってフラッシュカード・ドッツカードを見せる。

・お腹の子に名画を見せる。

(胎児はお腹の中からでも外の景色が見えるんだって!不思議ダネ!)

 

…壁以降は全て家庭保育園の教材である。 

まぁ…妊婦に教材買わせるためのアレだよね…。

 

出産後ももちろん教材を使って子どもと遊んだ。

なんとなく「早期教育」=小さいころからプリントでガンガン詰め込み

というイメージがあるかもしれないが、さすがに0歳児にプリントは無理だ。

では何をするかというと0歳児にはドッツカードやフラッシュカードを見せ、論語や5か国語CDを聞かせるのだ。

0歳児、基本動かないのでCD聞かせたり、フラッシュカード見せたりするのは楽勝である。

全く嫌がらない。

ただし、特に喜びもしない。

( ゚д゚)ポカーン とこちらを見つめているだけである。(当たり前だ)

密室育児でこんな日々を続けていると 病む。

赤子相手に一体何をやっているのだろう?って人生考えちゃったりする。

そんななか、月に一度のペースで家庭保育園からは機関誌のようなものが送られてくる。

機関誌はたしか3部構成で1部が偉大なる取り組みをしている母親たちを鼓舞する内容

2部は会員による優秀児のレポート(生後6か月でべらべらしゃべったとか、1歳で計算が出来るとかそういうの)がギッシリと掲載されており、それを見て

「ああ、私がちゃんとやらなきゃ…。」「私がちゃんとやったらIQ200になるんだ…」

とメンタルが毎月死ぬ。

そして3部はお友達募集コーナー 

 

密室育児でメンタル死んでいる最中、お友達募集コーナーで出来たママ友たちはまさに救世主のようなものだった。

ママ友は居る事には居たが、こっちは偉大な早期教育をしている素晴らしい母親である。

1歳児から食べられるかっぱえびせんを無制限に与え、一日中DVDを見せているような愚者とは話が合うわけがない。

それぞれそんな悩みを抱えながら月に一度家庭保育園を実践しているママだけで集う会が心の拠り所となった。

 

先輩ママの優秀な子どもに皆で多いに感心し、先輩ママの教えを乞う。

同じくらいの月齢の子をもつママたちグループでは子の優秀さでカーストが決まる。

私が属していたグループはうち以外全員女児だったので、話だすのが早く、1歳半で慣用句を使いこなす子もいた。

そのグループの中では一番早く生まれた我が息子は完全に落ちこぼれだった。

(しかし、2歳になった途端べらべらとしゃべりだし、ドイツ語でカウントまでし始めちゃったもんだから その瞬間ボスママのお気に入りとなって、それはそれで大変だった。)

 

子どもたちが3歳になり、それぞれ幼稚園に通い出した後もゆるくその会合は続いた。

しかし、たいていその頃になるとそれぞれの幼稚園の方針(勉強させずにのびのび)に感化されたり、子の自我がはっきりしてきてカード類を拒否したり、あとは単に母親が飽きたり、「トンビの子はトンビよね」と妊婦から続いたお花畑モードが終わったりとで早期教育に対する熱はそれぞれ醒めて行っていたと思う。

 

私も息子が大きくなるにつれて熱は醒めていき、フラッシュカードや5か国語CDなんかはバカバカしくなり、早々に処分してしまっていた。

それでも、大量の教材は息子のおもちゃとしてはかなり優秀であり、パズルなどはボロボロになるまで遊んだ。また、教材そのものというよりも乳幼児でも環境さえ整えたら意外となんでも出来るようになるということを私の方が学んだので、3歳以降は息子が興味を持つもの全てに全力で突っ走るという方針に変更した。(その甲斐あって、現在息子はボドゲ・気象オタクである)

 

そんなわけで、私は早期教育をやって(結果的に)良かったと思っている。
0歳児にカード見せて算数教えたり、文字を教えたりするのは常識的に考えて

頭おかしい。

しかし、年齢によるリミットを全て無視出来たことが良かったのではないか?と思う。

常識的に考えて 1歳半の子に慣用句やことわざなんて不要である。

足し算も引き算も掛け算も不要だし、過度な先取り学習をしていると「教育虐待」とか言われちゃったりもする。

 

しかし、その知識がその子の生活にリンクすることで その子の生活・体験は豊になるのではないか?と思う。

ママ友の子は1歳半のとき ギュウギュウのエレベーターの中で

ニコニコしながら「立って半畳、寝て1畳」と言った。

また、別の子は 夜空の月を見上げて

「おつきさま こんばんは」(絵本)を暗唱していたし、

我が子は 幼稚園で椅子を並べるときに掛け算を使って効率的に並べて同級生から感心されていたらしい。

それから、早くから字が書けたので 「幼児特有の意味不明な発想」が本人の

文字で我が家には残っている。

早期教育が単なる知識の詰め込みではなく、「知恵・教養」として昇華し、本人の生活にリンクすればそれは成功だと思うし、本質的理解なのだと思う。

(むしろ、小1で一斉に読み書き計算教える方が本質的理解を無視した詰め込みだと思う。)

 

 

現在の我が子に関していうと 

 

知らない大人相手にボードゲームしたり

気象の勉強のために通信講座を観て分かった気になったりしている。

ぶっちゃけIQ200ではないけれど、勉強については問題ない。

(IQ高めだけど、教材の効果なのかただのアスペなのかは永遠の謎)

目標があれば地道に努力することが出来る子である。

他人をうらやむこともなさそうだ。

色々あったけど、私としては

「私以外の」息子でうれしい。当たり前だけどね。たーぶーん。

 

 

 

 

 

みんな興味ないと思うけど ゲスの極み乙女が好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今更ながら「おちんちん教室」の話題にて男女間のすれ違いを感じた話。

昨日、私のTLには

www3.nhk.or.jp に対するコメントがちょいちょい流れていた。

正直、字面だけみると確かに面白いし、エロい。

でも、右のイラスト及び、記事の内容を読んで欲しい。

母親、困ってるんだよ😢

 

人によって引っかかるところが違うことは解る。

母親が男児の性器をいじることについて

「キモイ」「性的虐待

って感想をもつのも、理解できる。

でも、その行動に行く原因について考えて欲しかったなと思うのだ。

「キモイ」「性的虐待」「こんな母親いやだ」とコメントされていたのは

何れも男性で、おそらくお子さんもいる方々だと思う。

男女逆にしたらおかしいでしょ?娘に乳がんの心配があるからって、胸を揉む?って言ってくださったかたもいたが

例えば その男性のお嬢さんが「胸が痛い」って言い出して、小児科に連れていったとする。

小児科医「乳がんになる心配があるから、定期的にお嬢さんの胸を揉んでくださいね

     とくにチクビはよーく引っ張って揉んでください」

って言われたら

父親 「え!!!!????マジ?」

ってなりませんか?

んで、母親に

乳がんになる心配があるから、胸揉んどいて」と伝える。

母親「は?そんな話聞いたことない。だいたい乳がんとチクビ関係ないでしょ。ばかばかしい」

って反応されたらどう思う? 困るよね?

だってお医者さんが言ってたよ?揉まなきゃだめ!って?

 

仕方ないからパパ友に相談する。

パパ友1「あー。聞いたことあるある。もまないとまずいらしいよ。」

パパ友2「ほっとけばいいよ」

パパ友3「でもさ。どうやって揉むかわかんないよな」

 

ネット「おっぱい教室」

 

ってことに。。。。

「おっぱい教室」ぜったい違うお店だろうけど(爆)

 

 

だから、バカバカしいと思うならそれでいいけれども

バカバカしいと思う理由を母親に説明してあげて?って思う。 

 

 

で、なぜ私がこの話題に激しくモヤモヤするのは何度も実体験があるからだ。

我が子が0歳のとき

初めての育児でいっぱいいっぱい。おむつ替えのときは異変がないか出たものを

観察する。お尻全体・性器の汚れをキレイにとる。

そしてそのとき気が付いてしまったのです…

「はぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!左右!大きさが!!違うぅぅ!!!!なんか右の方が

長い!!!!長いよね!!ぜったい長いよね!!!

ひゃああああ どうしよう!腫れてるの?腫れたらどうなるの?昔爆笑問題の人が手術したって…‼え!そんなことある?」

自分が持たない器官の異変にもうパニックである。

で、夫に聞く

私「ねぇ!なんかさ!長さ違うんだけど!!!!!!!!この状態は正解なの?」

夫 チラ見

 「さぁ。」

私「え?さぁ?ってどういうこと?これはあり得る状態なの?

  自分のはどうなのよ(# ゚Д゚) 長さ変わるの?どうなの?(詰問)」

 

夫「自分のなんか見ないし、知らんよ」

多分、夫からしたら睾丸の長さなんてバカバカしかったんだと思う。

結局、自分でネットで調べて 左右差が出ること、しかも温度によって長さが変わる(!)という知識を得たわけだけど

 

この件に関して、未だに私は根に持っている。

 

我が子の一大事(か どうかはさておき)になんでそんなにあっさりしてんの?

 

って性器にことに関わらず 日々色々ある。

夫が忙しいのは知っている。

だから、出来る限り家庭内のことや、子どものことは一人で解決したいと思う。

でも、母親に掛かる負荷がちょっと重いときもある。

特に性器を始め自分が経験したことない事に関しては無茶苦茶負荷がでかい。

 

だから、字面の面白さだけでなくて

「おちんちん教室」に集う理由についても ちょっと考えて欲しいと思ったのです。

 

※母親が男児の性器をいじることに嫌悪感を持たれる方もいらっしゃると思いますが

医療機関では本当に母親への指導として「剥いて洗ってください」って言われます。

我が家はこの件は夫に丸投げしておりましたが、ワンオペ育児等で旦那さんにお任せ出来ないご家庭もあると思います。

そういった「他にやる人が居ないからやっているお母さん」を追い詰めるようなことがありませんように…と心から思います。

 

 

 

 

 

 

 

数年ぶりにうっかり闇落ちしていた話

お久しぶりです。

 

気付けば前回の更新が77日前(;'∀') 

 

その間なにをしていたかというと…うっかり闇落ちしておりましたw 

 

特になにがあったというわけではないのだけど

昨年12月から小さな(いや、小さくないな)事件やら 身体的なことやらがかさなり

5月にはうっすらとした希死念慮が出るなどと中々の悪化。

メンヘラ歴も長くなりw幸いこちらも慣れたものなので

「やべぇ」と自力で立ち直りましたが 

解っていても うっかり落ちてしまうものだなぁと。

 

今回は 

12月~1月 息子の留学先に関するゴタゴタ対応での心労

2~3月 短期間で4本の抜歯

2~4月 息子の留学先での愚痴の聞き役

4月~ 花粉症

その他 実母とのゴタゴタや夫との価値観の違いなどなど 

一つ一つ別々であれば おそらく上手くやり過ごしていたようなことが

一気にきちゃったもんで(^_^;) 

PMSと相まって 

「真夜中に背中からだんだん大きくなっていく恐怖」

と感じる羽目になりました。

 

幸い 小林製薬の「命の母」 でどん底期は抜けることができ、

一年発起で スポーツジムに入会。

最初の2週間はただお風呂とサウナのみを利用し、

毎日家から出る習慣をつける&血行をよくし

少しずつ運動を始め

ここ最近は BBAたちに交じって陽気にZUMBAやフラメンコを踊っております。

正直運動はあまり好きではありませんが

運動するとセロトニンでる!!

 

ぶっちゃけ、元々の性格とか性質とか育ちとかそういうので

メンタルヘラヘラするのは しょうがないけど

ある程度は自分でコントロールできるようになったのは

大人になった証拠かな!

(いや、落ちるまで放置するな…っていう次回への反省)

他所の子の政治の話にモヤモヤした話。

昨日、小4の息子が学校から帰ってくるなり

「ねぇ~きいてぇ~ 帰る途中にさ、〇〇君と一緒になったんだけどさぁ~

〇〇君ったら、

『福岡の治安が悪いのは、安倍総理のせいだ。安倍総理が全部悪い!安倍総理になってから悪くなった!前の総理大臣の方がよかった!!』

って怒って言うんだよ~(笑)」

と。

(笑) 

ってのが、我が子らしくて良い。

どうも、息子は適当に受け流した模様。

 

安倍総理が良いか悪いかはどうでもいいし、私は「どちらかというと右」程度であり、

正直あまり興味がない。

なので、「安倍総理云々」ついては論点ではない。

 

そうでなくて…

小4男児がお外で堂々と「安倍総理が全部悪い!」と言い切っちゃうところがモヤモヤするのだ。

言い切っちゃうところ。が。

 

もし、その〇〇君が、新聞・テレビその他実体験など、色々な物に触れて自分なりに考えた中での発言ならば 立派なことだと思う。

しかし、前の総理大臣の時は〇〇君幼稚園児だったよね…

あと、「安倍総理が全部悪い」につながる前の部分が よくTwitterでみかけるやつ。

ここからは私の推測だが…

 

多分 ご両親がそういうことを家で言ってるんだろうなぁ

 

 

私の母親がそういうタイプだった。 

 

 

母は私が中2くらいまで〇〇学会にハマっていた。

「ご〇〇様は素晴らしい」と繰り返し

学会員であることに誇りを持っていた。

(ちなみに中2あたりで突然クリスチャンに改宗した)

 

そのため、私も無邪気に「ご〇〇様は素晴らしい」と信じていたし

母が学会員であることに誇りをもっていた。

それだけならいいが(いいのか?)

その他の仏教の宗派やキリスト教 その他もろもろ元気にディスっていた。

 

小6の時 社会の時間に宗教の話になったときに

(おそらく「世界にはいろんな宗教があります」的な授業)

堂々と「うちは〇〇学会です!」と元気に答えた記憶がある。

そして私と同じように「うちは〇〇〇(よく二人組でまわってくるあれ)です!」と元気に答えた子がいた。

そのことに対して、私を含め同級生数人で「Aちゃんちって〇〇〇なんだぁ~。あ、Bちゃんちもらしいよ」等と陰口を言っていた記憶がある。

何故そんなことをしたか?

当時私は〇〇学会が最善のものであり、その他の宗教は認めないという価値観を持っていたからだ。

 

母親の影響で。

 

その後色々あって、

世間的に〇〇〇も〇〇学会もどっちもどっちじゃねーか…ということを知ったり

したのと

Aちゃんの陰口いってたけど、たぶん私も言われていたに違いないとかおもったり。

もちろん、Aちゃんに対して申し訳ない気持ちにもなった。

あとは

親の価値観がそのまま子どものラベルとして扱われる(「〇〇学会の子」)の迷惑とか思ったり…。

 

 

年齢や職業、状況が変わるにつれて支持政党や宗教が変わるのは良い事だと思う。

価値観って変わるしね。

しかし、子ども相手に自分の価値観を押し付けるのはどうなのか。

子どもにとって親の存在はかなり大きい。

「親のいうことは合っている」と信じている。

そんな状態で

「〇〇は××だ!!」と子ども相手に言い切ることはよろしくないよな…。

さらに、自分が信じているもの以外をディスるのもよろしくない。

と思った話。

 

 

 

 

 

自分が小さかった頃の話を聞くのが苦痛だった理由がわかった話。

先日 Twitter

「息子は自分が小さかった頃の話を聞くのが大好き。だって、君のことが大好きな私が話してるんだから当然よね」的な(うろ覚えで申訳ない)

読んでいるだけで幸せになってしまうようなのが回ってきた。

 

うちの息子も自分が小さかった頃の話が大好きで、

良い話も悪い話(何かを失敗した話)も 全て丸ごと大好きだ。

 

一方、私の方は…

母親から私の小さい頃の話を聞かされるのが苦痛だった。

母親⇒私に発せられるストーリーは

「自分がいかに苦労して子(私)を育てたか」を軸にしたものであり。

母親⇒私以外(親戚や私の配偶者など)の場合は

基本的に良い話なんだが、

良い話が盛りに盛られており、もはやそれは誰の話なんだい?

ってものだったからだ。

 

要するに

本来「私」の話であるはずなのに、

話の中に「私」不在だったんだな。

そんな話、聞いて楽しいわけないじゃないし、

母の中には「私」が不在だったんだなと改めて思った話。

であり、

とりあえず息子が良い感じに育っているようでうれしかった話(笑)

 

 

学校の先生って 本当に見て見ぬふりするんだなぁと思った話。

息子が留学から帰ってきて、早3か月。

最初の頃は留学時の話はしなかったが、

・嫌な思い出を語り出す

 ↓

・楽しかった思い出を語り出す

 ↓

・嫌な思い出を語り出す  ←今ここ。

 

って、時間をかけてポツポツと色んな話をし始めている。

 

で、最初の「嫌な思い出を語り出す」の時は

まぁ息子も「いやっ!」ってはっきり意思表示しなかったんだろうな。

とか

先生や大人が居ないときにそういったことがあったのだろうな…。

と思っていたのだが、

一回目の「嫌な思い出を語り出す」から二回目の「嫌な思い出を語り出す」の

間に 留学先の学校とのやり取りや、留学時に仲良くしていた子と再会したりと

(わざわざ遊びに来てくれた)したことを通じて

「いや、これ、完全に学校の先生&担任 把握してたよね?」

と確信してしまった。

 

寮長については、クソガキに謎の同情をしていたことはわかっていたが

学校とは…orz

 

今まで、テレビ等でいじめが原因で死んでしまう子のニュースを見る度に

「学校は何もしてくれなかった」みたいな文言を聞いて

「ああ、レベルが低い教師に当たっちゃったんだな」とか

割と他人事、かつ、そういった教師は滅多にいない物だと思っていた。

 

しかしまぁ びっくりである。まさか我が子が当事者になるとは。

 

たまたま、息子は小4で思春期に入る前であり、留学中という特殊な環境あり、

 

・手遅れになる前に私達親にSOSが届いた。

・帰る場所があった。

 

そのため スムーズにクソガキ&寮長と離れることが出来、環境を変えることが出来たが もし、そうじゃなかったら…精神的に追い詰められ、完全に心を壊してしまっていただろう。

 

息子は現在も私に当時の愚痴を延々と(笑)吐き出してはいるが

少しずつ前向きに捉えられるようになってきており、元気である。

コーチング学んでてよかった!&自己肯定感万能説)

だからこそ、私の心も落ち着いていて、

「学校の先生って、本当に見て見ぬふりするんだなぁ」と呆れる程度で済んでいて(笑) 

留学先の学校よ 私が荒ぶらなくて本当によかったネ!