毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

教育意識高めの親が張り切って山村留学選んでみたら見事に失敗した話。前編

お久しぶりです。

色んな事があり過ぎてキャパオーバーしておりました。

 

さて、本題。

何度かブログでも書いた通り、私は教育意識がやや高め(自分で言っていいのかw)

であり、息子は去年の4月から山村留学をしていた。

 

で、山村留学中に「?」ということが頻発し、息子自身も「辛い」ということで

12月で残念ながら留学中断となった。

 

そもそもなぜ留学させよう・しようと思ったのか?

そもそものきっかけは 友人が数年前からご子息を山村留学させており、とても良かった!という話を聞いていたのと、息子がテレビで山村留学の特集を見て興味を示したことだったが…

親側)

①生活能力をUPさせたかった。

息子は勉強はそこそこ出来るが💦 生活能力が低い部分があり、もちろん意識して色々させようとするもお互い甘えが出てどうもうまく行かなかった。(洋服をキレイにたたむとか、ひもを結ぶ、こぼさず食べるとかそういったこと)

他人と暮らすことで、生活能力が上がるのでは?という期待があった。

②自然体験をさせたかった。

今住んでいるのは比較的都市部であるため(地方都市だけど) 自然と思いっきり触れ合うということがなかった。また、本人も虫や動物などに興味関心を示すタイプではないので、大自然の中で少しでも興味を持って欲しいと思った。

③自立心を持って欲しかった。

どちらかというと甘えん坊であり、小3になっても添い寝をしないと眠れない子だった。親元を離れることで自立心を持って欲しかった。

④一生の友達が出来るのでは?という期待があった。

少人数の学校で少人数の寮生活。お互いに「親元を離れる」という苦難のなか、友情が生まれるのでは?と期待した。

 

息子側)

①心を鍛えたい。

自分でも心が弱いという自覚があるらしく、そこを改善したかったらしい。

小学校ではそうでもなかったが、幼稚園時代は同級生に頻繁に泣かされていた。

そういう自分を変えたかったようだ。

②自然の中で遊びたい。

我が家にマイカーがないため、大自然に触れる機会は今まで旅行のアクティビティやたまに知人家族と大きな公園に行くくらいしかなかった。

川遊びや海水浴、広い野原などなど 自然ならなんでもそろっている状態の留学先に惹かれたようだ。

③少人数の学校に通ってみたい。

地元の小学校は1000人以上、しかも年々生徒数が増えているような学校で、何をするにも並ばないといけないような状況だった。授業中発表の機会も少なく、授業の進度も遅い。少人数の学校であれば、生徒数<備品数だったりもして、そういった意味でストレスフリーだし、なにより静か! 

 

そんなわけで、保護者である私も息子も不安はありながらも、期待盛り盛りで山村留学することになった。

 

 

 

 

 

 

 

毒親育ちの年末年始問題

ぼちぼち 年賀業の準備の話題が出て来る今日この頃。

いよいよ年末である。

で、年末で憂鬱なことと言えば帰省。

 

我が家は 実家で年越しを過ごすのは「1年交代」のルールを決めたため

今年は夫の実家で年越ししたから、次は妻の実家で過ごすみたいな感じでやっていたが

今から4年程前に 私が自分の実家と絶縁したので

そのルールもなんだかんだでグダグダになり、夫の実家にさえたまにしか帰らなくなり
(関係は良好)

最近は 家族3人 自宅で勝手気ままに年越ししている。

 

絶縁してすぐのころは 帰らないことで色々非難された。

正月だけでなく、祖母が危篤でも いよいよか!って時しか行かなかったし、

葬式も超短時間出席で乗り越えた。

その度に なんやかんや「冷たい」だの「親不孝」だの確かに言われるが

苦痛度合いは

「批判が私の耳に入ってくる時間」<「実家の人々と関わる時間」

だし、

そもそも「冷たく、親不孝な人間」を育てたのはあちら側であるので

自業自得である。

それに、だんだん相手側も「どうせ来ない」と諦めるのか

非難される時間そのものが減って来た感がある。

 

 

ってわけで、親が嫌すぎて帰省が憂鬱な人々へ

 

最初は確かに非難されるかもだけど、

向こうもそのうち諦めるからしんどいのは最初だけ☆彡 

「ザ!帰らない勇気」

 

 

 

不機嫌や恫喝で回りをコントロールする子ども とそれを受け入れる大人の話。

前回 息子の話から10日も経っているが、

この間、私の中は怒りで満ち溢れており まともな文章を書ける状態じゃなかった。

今も割と怒っていることには変わりないが、考えが変わったり、進展があったりもしたので忘備録的に記録しておく。

 

前提として

 

同級生数人しかいないド田舎の小学校&寮での話。

その中の一人がクソガキ。

 

息子の話として

・大切なものを隠す。

・常に誰か一人を仲間外れにする。

・思い通りにならないと不機嫌になる。

・っていうか、激しく怒り出す。

 

私目線では

・我儘放題。

・一つ注意すると激しい反論が10くらい繰り出される。

・クソガキ母が居る時は私に対して超感じ悪いが、クソガキ母が居ない時は

とても人懐っこい良い子。

・相手によって態度が違う。(我が夫には常に懐いている模様)

 

夫目線では

・ひねくれ者だけど、根はいいやつ。

 

 

で、前回の記事では 息子の空気読めない感じ、こまったわぁ~的な部分が大きかったが、時間が経つにつれ

「どう考えても クソガキがおかしいやろがい!!」となったし、

寮長の態度にも疑問が出てきた。

「サンダルを草むらに投げられた」という話に対して

寮長は

「それは遊びの中でのこと」とし、その他に関しては

「クソガキくんは…ホントはみんなのリーダーになりたいタイプなのに、

勉強も運動も息子くんに負けてるんです。その気持ちを考えて…」

「ご家庭が複雑で…育つ過程に問題があっただけなんです…」

などと言うわけで

その時は無理矢理納得したが、やはり納得いかない。

 

そんな「納得いかんわ!」という怒りの中で

他の保護者の方からお話を聞くことが出来た。

その方曰く。

・寮長 クソガキ甘やかし過ぎ。

 

クソガキはわがまま放題なわけだが、寮長はクソガキのわがままを可能な限り

受け入れている。(そのせいで他の子が迷惑しているにも関わらず)

その様子は 寮長と寮生という関係ではなく、

「ご自分のトラウマかなにかを解消するために、子どもを利用しているだけじゃ?」

と思うほどだそう。

 

その話を聞いて、私の中の怒りは相変わらずなのだが、全て納得がいった。

 

寮長と話しているときにどこか違和感があるのは

それは「寮長」ではなく「クソガキの保護者」だからだ。

例えば 子ども同士でトラブルがあったときに

寮長であれば、公正に寮の秩序を守るために行動するべきであろう。

しかし、彼女はクソガキの保護者なので

クソガキが傷つかないようの最大限に配慮する。

結果、我が子を含めたその他の子が振り回され、何かあるごとに

「部屋替え」が行われるというわけわからん感じになっているのである。

 

「不機嫌や恫喝で回りをコントロールする子どもとそれを受け入れる大人。」

私は

「不機嫌や恫喝で娘をコントロールする母とそれを受け入れ続けた私。」

の構図とダブらせてしまうわけなのだが…

受け入れるにも限界があるわけで、受け入れを辞めたら母は独りぼっちになったんだわ。

それは自業自得で知らんのだが…。

 

寮長とクソガキの場合。そもそも他人であり、期限も1年。残り3か月だ。

「受け入れてくれる人が居る」という事実を知ることは必要かもしれないが

期限付き・条件付きの愛情は クソガキにとって、かえって猛毒なんじゃないかと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノリが悪い息子の話。

先日 Twitterでも少々愚痴ったが

山村留学中の息子が 同級生に意地悪されていると泣きながら訴えてきた。

 

学習発表会を見るために留学先へ訪問したのだが、

私達が到着した日、発表会の日はとても元気だったのだが、

帰る日の前日の夜。

布団に入るなり 大号泣だった。

 

・草むらにサンダルを投げられたこと。

・大事にしているぬいぐるみを隠されたこと。

・他の友達を仲間外れにすること。

・靴を隠されたこと。

・そして、その子が 親の前と自分の前では態度が違うこと。

 

息子から一方的に話を聞いただけでは それはもう完全に息子が被害者であり、

相手の同級生は完全なるクソガキだったが

翌日、寮長さんに聞いてみると

 

・草むらでサンダルの件は 遊びの一環だった。

・大事にしているものを隠すのは 気づいたときに注意をしているが

 基本的に寂しくて構った欲しいときにやっているようだ。あまりにも酷いときは

 息子と部屋を別にしている。

・クソガキ殿は2~3人で遊びたいタイプ。しかし、そうなると一人が仲間外れになってしまう。また、仲間外れにされた子とは相性が悪い。

・靴の件は知らない。

・大人の男性にはよくなつくが、大人の女性がとても苦手なようだ。

 

…えっと。うちの息子 完全被害者じゃない?とも思ったが

息子の方にも 嫌なことをはっきりと嫌だと言えない部分がある。と指摘されたこと。

また、我々が帰る日の前日だったためにいつも以上にナイーブになっているであろうことを考慮し、

モヤモヤしながらも一旦飲み込んだ。

 

でもって、そんな中でも特に気になったのが

草むらにサンダルを投げられた件が 息子にとっては意地悪であり、相手にとっては遊びだったことだ。

 

聞けば、数人で歩いている途中で一人のサンダルがスポンと抜け、宙を舞い、草むらに入ったと。 

で、その様子が大変面白く それに続いて皆がサンダルを投げ始めた。

その流れで 息子のサンダルも投げられてしまったのだという。

 

学校生活では こういった状況は恐らくこれからもあるだろう。

そしてその度に息子は「意地悪された」と悲しみ、そのうえ

「ノリが悪い」だの「KY」だの相手側から言われるのだろうな。

 

男児、というか、男が数人でハイになるとノリでそんな状況になることくらい

女性である私も知っている。

そして、そういった「ノリ」が苦手なタイプも存在し、

「あいつ ノリわりぃーな」と煙たがられることも知っている。

ついでに言うと、うちの主人は完全にノリが悪いタイプであり、

いわゆるノリノリなウェーイみたいな人種とは一切付き合わない。

 

一切付き合わなくてもキチンと生活出来ているし、

困ったことは何一つない。

寧ろ彼は「ノリ」が強要されない優しい世界の住人である。

 

「そんな子とは付き合わなくていい」

「嫌いなやつと無理して遊ばなくていい」

「もっと別の世界があるよ!!」

と、声を大にして息子に言いたいが

こればっかりは本人が気づくまでどうしようもないので

息子に念を送るにとどめる日々である。。。

 

 

 

 

 

若い頃に青春を経験していない中年女性の話。その4

その2、その3とまるで周りが悪いような書き方だったかなと少し反省。

株のときも 女性起業家のときもそうだけど

本質的に私の人間関係の結び方に問題があるのだと思う。

もっと無邪気に

「株が好き!」「〇〇素晴らしい!!」とかだけだったら

お互いに健全な関係を結べたのではないだろうか。

 

最初は純粋に「株が好き!」だけだったのが

他者が関わること、集団の中に入っていったことで

おそらく無意識に

〇〇さんは上 ××さんは下。と相手をランキングし

さらに自分の立ち位置を把握しようとしていた気がする。

そして、上に気に入られること、承認されることを求めていた。

 

未だに自分でもあまり整理出来ていないが、目的と手段がぐちゃぐちゃになっていた。

「株が好き」で始めたことが

周りや上に「凄いね」と言われたことで

「株が上手くなる」という本来の目的が

「株が上手くなる」ことを手段として、周りに承認されようとしていた。

そして、承認する方 される方の関係性が崩れたところで

私のジャンプの世界は終わっちゃったんだ。

 

3月のライオン で言うと

桐山くんが「居場所をつくるため」に将棋を指していたり、

ちはやふる で言うと

太一が「千早の傍にいるため」にカルタやってたりと

(たとえがマンガでして出てこないし、しかもジャンプ関係ないw)

目的と手段がおかしなことは割とよくある話なのかもしれないが

やはり「将棋が好き」なやつには敵わないし

「カルタが好き」なやつには敵わないし

ちょっとしたことで その「青春」は崩れちゃうのかもしれぬ。

 

その4まで続いたわりに すっきりとした結論が出ずに申し訳ないが

周りを気にせずに全力で「好き」なことに夢中になったときに

今度こそジャンプ長期連載の世界に召されるのかもしれない・・・・

と 本気で期待している。

 

 

ダラダラとして話にお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

若い頃に青春を経験していない中年女性の話。その3

それまでは そんな世界がリアルに存在するなんて思わなかったのに、

一度存在に気付いてしまうと、どれもこれもそんな風に見えてしまう。

 

ジャンプの世界は 私にとってそんな感じだった。

それまでは

あくまで漫画の中の世界で、リアルには滅多にお目に掛かれないものだった。

しかし、一度知ってしまうと それは意外にも日常にあふれているように見えた。

 

株でつながっていた友人と離れてからしばらくして

私を全力ウェルカム!!してくれたのは

女性起業家の世界だった。

 

一人有力者と繋がると 次から次へと芋づる式に「お友達」が増えていく。

私のFBは あっという間に知らない「お友達」でいっぱいになった。

 

「ママのための〇〇」

「こどもを〇〇にさせないため!の〇〇」

 

わるみちゃん!!〇〇を普及させるために頑張りましょ~♡

ここにいる××さんはね こんなにがんばって、なんとかかんとか。

 

ちょっとした自慢だが、私は女子校歴10年である。

学生時代の殆どを女だけの中で過ごした。

なので、どんなタイプの女性とでもそこそこ話せるし、

女性だけの集団は 結構好きだ。

 

そして、「〇〇を普及させるためにみんなで頑張ろう!!」なんて

ジャンプの世界来たじゃん。これ。

 

一瞬気持ちが盛り上がったが

私はこの世界にはどうしても馴染めなかった。

そもそも 〇〇を普及させたいとも大して思わなかったし

(学びたい人にはお勧めする)

「〇〇を普及させる」目的に魅力を感じなかったのだ。

 

子育てに困っているママのため

 

という大義名分はあるが

果たして それは本当なのだろうか?

どちらかというと

自己実現のため

代表者のため(代表者にみとめられたい)

組織のため(その組織を有名にしたい 出世したい)

頑張っている人たちのFB投稿をみるとそんな気がしたし、

いつでも仲間内でわーきゃーやっているだけに見えたし

(馴染めない者のやっかみだけどもw)

アメブロでのキラキラブログ商法の延長で

結局のところ 女性起業家の多くが 

ずる賢いトップに「自己実現」を餌に人脈と労力とわずかな金銭を巻き上げられているような気がする。(気がするだけですよ!)

 

それ以外でも、

リアル友人だけとアホな日常報告に終始していたFBが

「〇〇さんとのコラボイベント!」

「宇宙とつながる〇〇」

「〇〇歴でどうのこうの」と 怪しげなイベントの告知でいっぱいになってしまったのも嫌になった原因の一つである。

 

結局のところ

私は 新しく入ったカモのひとりであり、みんな自分の自己実現や承認欲求や金銭欲満たすために私や私がもつ人脈を使おうとしているだけなのだ。

 

あっぶねぇ!

 

 

 

多分 次回で終わります

 

 

 

 

 

 

若い頃に青春を経験していない中年女性の話。その2

その1から大分 時間がたちましたが(-_-;) つづき。

 

なんとなく青春を経験してない状態のまま大人になり

なんやかんやあって 母親と絶縁した。

 

warumix.hatenablog.com

 

絶縁してすぐは 私は情緒不安定でどうしようもない状態だったが

当時、ママ友がなにかと世話を焼いてくれていて

気晴らしに付き合ってくれた。

子どもが小学生になってからは 幼稚園時代にくらべ 自由になる時間がぐんと増え

息子たちが小学校に行っている間 ママ友数人でラウンドワンで思いっきり遊んだり

カラオケに行ったりと

「女子高生か!」って感じで結構楽しかった。

女子高生時代との違いは 門限がないこと。親に誰と何をしたか申告しなくていいこと。 

自由になるお金が少ないのは女子高生時代と変わらないけど(専業主婦なので自分のお小遣いがない) 家計を握っているのは自分なので、どうにかやりくりすればいいかー!っていう気楽さもあった。

それでも、「夫が働いている間に自分だけ遊んで申し訳ないな」的な後ろめたさは消えなかった。

 

それから更に1年くらいの間、私は株に夢中になった。

株取引自体は 結婚前から長年やっていたのだが、息子が手を離れたことをきっかけに株式スクールという今考えたら大変胡散臭い(笑)ところに入学し、一から勉強することにしたのだ。

好きなことを勉強するのは楽しい。さらに、同じ趣味の人と話すのはもっと楽しい。

少しずつ上達し、自力で小銭を稼げるようになり、さらに先生からも褒められることも多くなり、だんだんと株が趣味の一つから 生活の全てになっていった。

必要最低限の家事や家族行事以外は殆ど株の勉強に費やしたし、家事の最中も頭の中は株式相場のことでいっぱいだった。

スクールの先生や友達が 段々と「同志」に格上げされていき

我々は最高に盛り上がっていた(笑) 

 

ああ、これが 青春ってやつなんだな。

 

夕方6時から閉店時間まで 居酒屋で株について語りつくし

毎晩 グループLINEでは明日の相場について長文を投げ合った。

今は ボチボチしか稼げないけど、いつか資金10倍にするんだ!!

今はサラリーマンだけど、いずれ株式配当だけで生活するんだ!!

そんなことをそれぞれ話していた気がする。

 

そう、そこは憧れの「ジャンプ」の世界。

 

努力!友情!勝利!!!!!!!!

 

ジャンプの連載が 突然終わるように、

私達の蜜月の関係も 些細なことでプツリと終わった。

終わったときは 何も手につかないくらい悲しかったし

初めて「お金が減るより辛い」と思ったかもしれない。

 

辛いながらも 終わって良かったと思うのだが、

もしかしてあのままジャンプの世界に居続けたら私は家庭での居場所を失っていたかもしれない。

 

一歩離れて 当時のことを思い出してみると、私にはそんな危うさがあった気がする。

いわゆる 共依存

私は努力や能力を見せることで承認欲求を満たし、相手側も承認する側に居続けることで立場守っていたような気がする。

しかし、そのバランスが崩れたときに 関係は終わったんだなぁ。

 

それはともかく。

ああ、あれは完全に青春だったなぁ

死ぬ前に一度味わえてよかったなぁ

 

ここ一年は そんな認識でいた。