毒親育ち、子どもを育てる

毒親の元育った私が子どもを育てた話。解毒に至る過程などもぼちぼち書きます。

純粋に家族が好きだとか仲が良いということに嫉妬してみたりする。

友人の一人に お姉さんが有名人だというかたが居る。

知り合ってから数年知らなかったが

なにかの居りに「今まで黙っててごめんね」と告白された。

 

お姉さんは確かに大物でその世代の人はみんな大好きな方だ。

私も好き。

学生の頃、その方が出演される番組を楽しみにしていた。

 

そんで、今でも好きだし、多分 嫌いと言う人の方が珍しいんじゃないかな。

ただ、個人的には昔と比べて圧倒的にテレビを見る時間が少なくなったし、

そもそも若くないからかなんなのか、正直あまり興味がない。

 

で、告白の時は

確かに「えええええー!凄い!私あのドラマ好きだったー!!」

みたいなテンションだったが

時間が経つと正直あまり興味がない。

 

興味はないが関心はある。

どちらかというと「嫉妬」と言う意味での関心だ。

 

親戚が大物芸能人なのがうらやましいのではなく、

嬉しそうに「お姉ちゃん」について語れる心が羨ましいのだ。

お姉さんがテレビや映画に出演されるときは

大抵グループLINEでお知らせが来る。

そして、その番組中はグループLINEが友人たちによる

よいしょのライブ会場と化する。

 

あ、なんかすごく意地の悪い言い方。

 

嫉妬か。

 

私以外のグループLINEに居る人々はみんなその番組をみて

なにかしらコメントしているが

私としては興味がないので、わざわざそのためにテレビをつけない。

しかし、

LINEの通知が凄い事になり、自分だけコメントしないのも感じ悪いかな?

みたいなみみっちい事を感じたりしつつ 適当に賛同のスタンプ押してみたり。

 

嫉妬ですわ。

 

なにが羨ましいかって、

純粋に「家族が好きだ!」という思い。

「お姉ちゃんを応援したい!」という思い。

そして、

「世の中のほぼ全員が自分のお姉ちゃんが好きだ」と信じている点だ。

 

多分、友人のお姉さんがそこまで有名じゃなくても、もしくは一般人だったとしても

「お姉ちゃんが〇〇したんだよ~♡」みたいなテンションで

話てくれるんだと思う。

実際、その友人がご自身の子どもや旦那さんの話をするときもそんな感じだ。

 

私は元々一人っ子だし。

血のつながらない 兄弟たちが今どこでなにしているか分からない。

唯一の肉親である母はアレだし。

血のつながりのある親戚ともほぼ連絡をとらない。

「家族だ~いすき♡」

って感情を持ったことがない。

 

もちろん現在の家族は大好きだ。

夫は優しいし、子どもも超かわいい。

私がくつろげるのは家だし、何の不満もない。

ただ、やはりどこかで「他人」という線引きがある気がする。

生まれながらに「家族大好き」の中で育った

家族大好きネイティブと

大人になってからまともな「家族」を習得した者とはそもそも脳のつくりが違うのだろう。

 

 

 

さて、我が子は家族大好きネイティブとして育っているだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

赤子の頃、柱に紐で括りつけられていた話。

http://www.daiwashobo.co.jp/web/html/mob/otokonoko/10.html

田房永子さんのエッセイ

10 働きたい気持ちに男女差なんてないという幻想 の中に

岡本太郎の母親の岡本かの子の話だった。かの子は自分の創作中、幼い太郎を箪笥や柱にひもでくくりつけていた、というエピソード。』が出てきた。

 

田房さんは実際にお子さんをくくりつけはしなかったそうだが

…あああ…

私、これ されてた方だったんだわ~

 

 

赤子の頃の話なので 実際に紐でくくられてたことを覚えているわけでないのだが

「我が子を紐でくくってまで仕事していた私エライ」

という文脈で母は私に語りまくっていたエピソードである。

「私エライ」という自慢?を「笑い話」というよくわからないオブラートに

包んで語っているつもりだったんだろうが 

語られた方はたまったもんじゃない。

 

母は笑いながら・そして、自慢げに「紐で括った」話をするので

こちらとしては それはスタンダードな育児法なのかと錯覚する。

しかし、年齢をある程度重ねるにしたがって

「あれ?それ虐待じゃね?」とか思ったり思わなかったりしたりするし

高校生の頃、同じく岡本太郎だったのかすっかり忘れたが

なにかで「赤子を紐で括って仕事する」話が国語だかなんだかで出てきたときに

クラスメートの女子が大層憤り、

「そんなの!!虐待じゃん!!犬じゃないんだからさぁ!!子どもに対して愛情ないわけ??」とかなんとか吠えていて

そんな彼女を見ながら

「ああ、私は犬だったんだなあ」と悲しくなったりもした。

 

 

 

実際自分が子どもを産んでみて 密室育児やワンオペ育児のしんどさを経験したし(今考えるとノイローゼ気味だったよな…) それこそ柱に紐で括りつけたりはしませんけど、バウンサーに突っ込んで家事をしたり、自分の勉強したりしていたので

紐で括りつけたい気持ちはわかる。

 

私自身は母親を見て 反面教師として 子どもが小さい頃は絶対に専業主婦になろうと

計画的に生きていたので「夫だけが仕事をすること」「夫だけが自由であること」に理不尽さは感じなかったが もし、当時自分に「やりたいこと」が明確にあったなら

理不尽さを感じたかもしれない。

 

また、私の母親だって 自分だけ赤子を抱えて働いているという「理不尽」を乗り越えたからこそ

「育児と仕事両立した私エライ」と延々と言い続けているのではないか。

 

しかし「理不尽」は乗り越えるものではない。

田房さんのように「理不尽」を社会に問題提起するなり 

もしくは跳ねのけるなりなんなりしなければ

それは 理不尽な上司のパワハラに耐え続け、自分が上司になったら部下を物凄い理不尽に攻め立てる。

みたいなことになってしまう気がする。

学びがない。

今まで女であるというだけで「理不尽」な設定を受け入れてきた私たちも

その設定を壊すときが来たんじゃないかと思う。

 

あ 悲しい想い出から

なんか壮大なまとめになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PTA非加入とか脱退とかそういう話題に触れて思い出した話。

私は昭和55年生まれなので

昭和の終わりから平成のはじめにかけて小学校に属していた。

通っていたのは やや田舎の小学校。

児童は田畑を持つ農家・地主と山を切り開いた新興住宅地に住むサラリーマンの子どもが半々。

私は 坂の途中に住む サラリーマンの子どもだった。

サラリーマンの子どもと言っても、母の再婚で運よくサラリーマンの子どもになった

だけで、母は元々自営業だし、母は機能不全家族で育っているし、精神的にヤンキー気質なのかなんなのか

専業主婦になっても なんか まぁ とんがってたよね…。

 

そんなわけで、当時は地域の子ども全加入の子ども会に私は入っていなかった。

 

子ども会に入っていなくても、学校生活はふつうに送れるが

当時の子ども達がほぼ全員通っている ドッジボール教室には通えない。

主催が子ども会だから。

夏休みのラジオ体操もない。

主催が子ども会だから。

長期休みに行われる遠足のようなものにも行けない。

主催が子ども会だから。

公園の清掃もないし、廃品回収に回らなくてもいい。

卒業時の記念品もない。

主催が子ども会だから。

 

別にね。

ドッジボールなんて好きじゃなかったし、

夏休みは遅くまで寝ていたいし、

集団行動苦手だから 

そういうのに積極的に参加したかったわけではないですよ。

別に物も買えばいいだけだし。

ただ

「自分だけ参加出来ない」「自分だけ貰っていない。」

という事実が寂しかった。

参加するかしないかの選択肢が自分にはないのだ。

欲しいか 欲しくないかという問題じゃない。

 

自分にだけない。

 

あのとき 母に「子ども会に入って!!」って熱心にお願いしたら

嫌々でもたぶん入ってくれたような気がしないでもない。

(わからないけど💦)
では、どうしてお願いしてでも子ども会に入らなかったかと言うと

 

母の主義主張を当時は「絶対的なもの」としてとらえていたことが大きいと思う。

それは 毒親云々の話なので 一般的ではないと思うが…

ことあるごとに

「なんで6時のチャイムを鳴らす当番のために

自分の用事を犠牲にしなきゃいけないの??バカじゃない~」

「朝からラジオ体操なんて出来るか~(笑)」

ドッジボールなんて、あなたしたくないでしょ?」

みたいなことを言われていたからで

母が絶対であった私としては

同級生の前で↑と同じ主義主張をしなければ

「本当はみんなと同じようにしたい。参加したい」

という気持ちを隠せなかったからだと思う。

 

その結果

小学校の同級生の前で

「は?子ども会とかバカバカしいし!!」という態度を6年間とり続けた。

 

 

昨今のPTAを脱退したら

〇〇に参加できません。〇〇が貰えません。

みたいなちょっとした騒動をきっかけに 当時のことを久々にリアルに思い出したが

子どもが辛い思いをするようなことだけは無い様にして欲しいと思う。

 

PTAに入るか入らないかも自由になったらいいと思うし、

ただし、子どもに差がつかないような配慮は必要だと思う。

 

 

 

 

「わるみのおかあさん バカだから~(笑)!」で得た爽快感

なにかの話から

私が小1のときに上級生の男の子から

「天然パーマとあだ名をつけられ、未だにそのことを根に持っている」

と言う話を中学時代の友達にした。

 

私が小学校1年生のとき

地域によって呼び方が違うのかもしれないが…

「留守家庭子供会」というものに入っていた。

小学校が終わったあと、5時とか6時くらいまで

宿題をしたり、おやつを食べたり、遊んだりする場で、

それは小学校の校庭の片隅にあった。

 

で、そこでの話。

私の通っていた保育園から その小学校に上がった子は3名しか居らず、

しかも、留守家庭子供会に入会したのは私だけ。

さらに、どちらかというと?

いや、ほぼ 学校ではしゃべらない子どもだったので

友達とか、知り合いとか 留守家庭子供会にいなかった。

 

で、そんな中、小2の男の子から

「やーい 天然パーマ~」

とからかわれるようになった。

 

 

小2男児の発言に気付いた指導員のおばちゃんが

男児を注意するも

小2男児

「だって 天然パーマじゃん?」と悪びれることもない。

一方私は

「天然パーマ」がなんなのか知らないので キョトンとしていた。

指導員のおばちゃんが

私を連れ出し

「それは天然じゃないよね?」

みたいなことを聞かれたような気がする。

天然がなんなのかよくわからないまま

私は「ママがこの頭がいいって」と話した。

指導員のおばちゃんは

「そっか…」と微妙な顔をしていたことを覚えている。

 


そう、私は天然パーマではない。
母が 
金髪で髪の毛がふわふわの外国人の男の子 が
ミキハウスの白いオーバーオールを着て
ニコニコしている写真を気に入ってしまい
嫌がる私に くるっくるのパーマをかけ、
ミキハウスの白いオーバーオールを着せた。

私は黒髪直毛だ。
しかも、平たい顔族の子どもである。
ミキハウスの白いオーバーオールを着たところで
完全な別物だ。

当時 ドリフターズ全盛期ではないが、

まだ数か月に一度はスペシャルが放送されていた時代である。

 

完全にいかりや長介 中本工事 高木ブーの雷様の世界である。

 

 

私はそのことを未だに根に持っている。

小2男児に対して  ではない。

母親に!!だ。


40近い今となっては笑い話としてもいい頃だろう。

しかし、私は未だに根に持っているのだ。

しょうがない。

 

そんな私の話に対して

友人が

「やぁだぁ~ も~ わるみのおかあさん バカだから~(笑)」

となんの迷いもなく言う。

 

「おかあさんは良かれとおもってやったんだろうね」

とか

「かわいかったんじゃない?」

とか

そうではない。


「母親」の話になると やれ親に育ててもらっただの、産んでもらっただの

持ち出す人がいるが そういう話ではない。

 

バカだったの。

そして今も多分バカ。

 

そう、私の母はバカなのだ。

「バカとは関わってはいけない。」

みんな口には出さないが ある程度社会経験があれば

周知の事実である。

バカと関わるとろくなことがない。

そう思うと清々しかった。

 

そして、バカと言い切り、笑い飛ばしてくれる友人に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キレイなメンヘラとブスのメンヘラ

アレなタイトルだけども

 

中学高校と中高一貫の女子校に通っていたが

まーいわゆるメンヘラが多かった気がする。

中学からの生徒が200人弱いたが 6年間の中で病んだ娘が

思い出す&私が知るだけで10人程度いるのでまー一割くらいは病んでたんじゃなかろうか。

そんな女子校時代だが、40近くなって周りを見回すと

リストカットしたり、摂食障害になったりと…危うい時代を経験しながらも みんなそれなりに生きており、結婚してたり、子どもを産んでいたりで

なんだかんだ言って生きててもよかったねー

という感想しかなかった。

もちろん、自分を含めて(笑) 
※私は中高時代 摂食障害だった。



そんな中、中学時代の友人から

 

学生時代に病んでた中の一人が最近 自殺したという話を聞いた。

 

私は彼女と親しくはなかったが 

私の友人とはそこそこ仲が良かったので、なんとなく知ってる程度。

当時、私も私の友人もメンヘラ真っただ中にいたが、

その亡くなった彼女もやっぱりメンヘラ真っただ中だった。

3人に共通してたのは

ずばり 機能不全家族だった

ということだろう。

そして違う点は。。。

私の友人は 巨乳の美人だった。

私は 人を不快に思わせない程度の顔で

彼女は ややユニークな顔立ちをしていた。

 

キレイなメンヘラは よくモテた。

大抵はダメな男で、どーしようもない感じだったが

「男性から求められている」という点で羨ましかった。

 

私はモテはしないが、母親と共依存真っただ中であり、

形としては歪であるが一応

「母から求められている」という状況。

 

そして彼女は

男性からも求められず、親とも上手く行っていない感じだった。

 

キレイなメンヘラは どーしようもないのと付き合い続け、

夜の世界に飛び込んだり、まぁそんな感じで 

なんというか、「美人だからといって人生らくちんなわけじゃないんだな」

とかそんな感じだったし、

 

私は私で母親に精神的に縛られ、それこそ死にかけたりもしたので

やはり 自分としては大変だった。

 

彼女はどうだったのだろう??

自ら死を選ぶことは 悲しいことだが

自分の道を自分の意思で決めた と言う点ではもしかしたら

変なのに人生を縛られていた私やキレイなメンヘラよりも自由だったのかもしれない。

 

そんなことを考えていた。

 

ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

3歳児に足し算を教える方法 の需要ってどのくらいあるのだろうか?

以前 書いたような?書いてないような?

私は息子が生まれた当初

早期教育」に猛烈にはまっていた。

天才児に育てるマニュアルを購入し、その指針にそって育て、

そのマニュアル繋がりで出来たママ友と日々 どうやって子ども(というか、あかちゃん)に勉強を教えるか?考えていた。

 

その後 紆余曲折あって マニュアル頼りの早期教育は辞め、

息子にあった早期教育とは?と考えるようになり

自分なりの指針が出来、それ以来 マイペースに早期教育⇒幼児教育⇒家庭学習へと

順調にステップを踏んでいる。

 

で、(今のところ)そこそこ勉強が出来る子に育ったし、少なくとも私よりも頭は良いと思う。

 

そんなわけで、3歳児に足し算を教える方法とか読み書きを教える方法とか

教えることによるメリットとかデメリットとか多少は知っているわけである。

 

で、それを教えて欲しい という人も「たまに」いる。

あくまで自分の身の回りベースなので

「たまに」だ。

「たまに」なので、その都度 口頭でさら~と伝えるが

それじゃ 断片的にしか伝わらない。

 

では、ガチにその辺の情報を教えるとしたら

やはり パワーポイントで資料つくって、実際に手を動かして…となり

こちらもわりと重労働になるし、相手にも労力と対価を覚悟してもらわなければならない。

 

本題。

 

そこまで(労力と対価を支払ってまで)して 

 

3歳児に足し算を教えたい。

 

と言う人はどのくらいいるのだろうか?

 

少なくとも 息子が3歳だった時の私は 多少の対価を支払っても知りたかった(笑) 

どうなんでしょうね?

 

 

女としての価値が高いのはいつだって母の方だというアピールを受けて育ったら自分の顔が分からない人間に育ったという話。

なんていうか…まぁ 

どちらかというと飽きれる系。

 

もしかしたら記憶の後付けかもしれないが

一番初めに違和感をもったのは たぶん5~6歳のとき。

母子家庭になってすぐ位の頃だった。

 

「洗濯物を家の中に干すのは貧乏くさくて嫌!!」という母は

洗濯物は全て庭や家の裏の駐車場近くに干していた。

自分の下着も私の下着も全て外。

 

そんなある日 母の下着が盗まれた。

ギャーギャー大騒ぎし、警察も呼んだんじゃないかな。

そしてその話を 会う人 会う人にする。

怖いだの 気持ち悪いなど。

結局、母の下着だけは家の中で干されることになったのだが

今度は私の下着が盗まれた。

すると今度は 「笑い話」として会う人 会う人にする。

「泥棒もばかよね~ 小さいパンツだから私のと間違えたんだろうね(笑)」と。

当時は昭和 まだ「ロリコン」という概念がない時代だったので

まぁ 間違えたんでしょうね。

それはいいとして

母の下着が盗まれたのは事件で

私の下着が盗まれるのは笑い話なのだ。

 

 

それから10年くらい経った頃

私は頻繁に痴漢に遭うようになった。

背が低く ぽっちゃりしていて 大人しそうにみえたのだろう。

頻繁に遭うので 「怖い」よりも、腹が立ってくるし、

そもそも私は大人しそうに見えるだけで大人しくない。

たまたま腹の虫が悪い時に あまりにも大胆に触ってくるバカがいたので

警察に突き出した。

 

交番から 最寄りの警察署に移動したところで両親が迎えにきたが

その時の第一声が

「うちの娘がすみません」

だったし、 

その痴漢の正体が 普段海外勤務している某大手会社のエリート社員だった

ということで

何故か「こんなことで…」と相手を気付かっており、

私の意思は全く聞かれることもなく痴漢について不問になった。

 

もし、痴漢にあったのが母であれば…

大騒ぎしていたに違いない。

しかしながら、とくに慰められることもなく、痴漢に対して怒るわけでもなく

痴漢にあった話はその後積極的に語られることはなく

なんとなく無かったことにされた。

 

 

日常的に私に対して無関心だったのなら それも解る。

しかし、母は私に対して過保護 過干渉だった。

にも関わらず、性的なことに関しては

なぜか心配しない。

子どものころから 大人になってもずっとそうだった。

 

 

思い出してみれば

小学校に保護者として母が行けば

担任(若い男性)が走って母に駆け寄ってくる とか

お祭りに行けば

テキヤのお兄ちゃんがサービスしてくれた とか

過去の思い出としての

モテた自慢とか

なんか そういう話を聞かされ続けていた。

 

母の中で、女として価値が高いのは常に自分でないと気が済まなかったのだろう。

そして、それが認められない場合にはキレた。

 

母の実姉の夫が

「〇〇ちゃん(母)もキレイやけど、やっぱり嫁ちゃんの顔が一番好き」

と発言すると 母はキレたし

(いや、他所の旦那が他所の嫁褒めるとかダメだろ、普通に)

自分よりキレイな親戚に関しては

「あの子は昔、名古屋で有名になるくらいに遊んでて、それで結婚出来ないってことで

こっち(九州)に帰ってきてお見合い結婚したのよ。だからあの子の旦那はあの子の正体を知らないのよ。かわいそうに」

とか、猛烈にディスった。(いや、それ当時小学生の娘に聞かせる話か??)


私は幼少期から母に

「カワイイ カワイイ」と育てられたが

上記のようなことが頻繁にあったので

その「カワイイ」に確信が持てなかった。

母の言葉通り

「ものすごくカワイイ」

のか

そうでもないのか。

はたまた ブスなのか。

自分への評価がふわふわとしている。

そのせいか、単に軽い相貌失認なのか

自分の顔がいまいち分からない。

写真で見て酷さにビックリすることもしばしばだし、

そうでなくても、たまに本気で自分の顔が分からなくなるときがある。

 

客観的にみて…?

顔面偏差値は然程高くない。

他人を快にも不快にしない程度の顔であると思うが

理想の自分とか、よく鏡で見る自分とか、写真写りがいい時の自分の顔以外の

顔は心理的に認められない。

よく、写真写りが悪くても気にせずにバンバンSNSにUPする人が心底

羨ましい。

美人でもブスでも 自分の顔に自信というか確信があるのだろうと思っている。

いや、顔だけでなく

存在自体に自信があるのだろう。

 

つまり。。。

あれだ、あれ

「自己肯定感」

 

口先だけでなく、きちんと心から

子どもの存在を「肯定」すること。

それが大事なんじゃないかと思った。